鼻がぶつからないようにうまく顔を重ね合わせ、唇と舌を貪る。

 漏れる声すらも例外なく。

 

「んんっ………あ、ふぁ」

 

 つたない鼻での呼吸を繰り返しながら、最初よりもやや荒々しい蒼助の舌技に応えようと自ら舌を差し出して来る。

 いじらしい千夜の懸命さが、蒼助の中でゆらゆらと灯っていた熱を煽り立てる。

 自身から流れ込む唾液が、千夜の口に溜まってその臨界点を越えるタイミングを見計らった蒼助は、

 

「うっ………んぐっぅ!?」

 

 舌での攻めを一旦止めたか思った矢先、千夜の唇に覆い被さり、空気の漏れすら一切許さず完全に塞ぐ。

 口を密封された千夜は溜まった唾液の逃げ道を奪われ、目を白黒させた。

 

「ぐっ………んぅ―――――っ」

 

 ソファの表面を千夜の爪先掻くたびに息苦しさの訴えが生まれる。

 千夜のその様を見た蒼助は、より一層唇の押しつけを強くする。

 そして、髪を加減した力で掴むと顎を上へと向けさせた。

 

「んっ………っ」

 

 すぐ下の喉でゴクリ、という音を聞き届けると、蒼助はようやく口を解放した。

 

「えふっ……けほ、ぇっ……っ」

 

 器官でつっかえたのか酸欠によるものなのか、千夜は酷く咽せて涙目となった。

 咳き込む度に、身を僅かに曲げて浮く背中に手を滑り込ませて宥めるように擦る。

 

「ゴメンゴメン。ちょっと、調子に乗り過ぎちゃったわ」

「………っ、当たり前だ!」

 

 涙が滲んで潤んだ目に睨まれてもちっとも怖く無いが、口にしたら臍を曲げられるのは目に見えた結果なので、思うだけにしておく。

 無論、「可愛い」とか「そそる」とかも無しだ。

 

「でもまぁ、どうだったかは聞かせてくれよ」

「………何を」

「俺の味」

―――――――っ、っ馬鹿野郎!!」

 

 そっぽむかれた。

 失言とわかっていながらも、これはどうしても外せなかったのだ。

 理性ではわかっていても、ついつい本能的な欲望に従ってしまうのが男心というものなのである。

 

 蒼助に乗っかられているので、全体を動かせない千夜は腰を捻って俯せに近い状態となり、ソファに設置されていたクッションに顔を埋めてしまった。

 すっか機嫌を損ねてしまった蒼助は、「悪かったってー」と、言葉を連ねながら肩を揺するが、

 

「………たばこ」

 

 くぐもった声がクッションの隙間から、不意を打つ様に漏れ出したのを危機拾った蒼助は、最初は何を言われているのかわからなかった。

 

「………ん?」

「たばこ……吸っているのか?」

 

 苦かった、と続いたところでようやく蒼助は己の失態に気付いた。 

 昼間に蔵間からもらった一本を確かに吸っていた。

 今まで関係を持った女に文句を言われたこともなければ言わせたこともなかったので、その点を気にかけることはなかった。

 千夜が煙草の臭いを好むなんてとても思えないし、現にここであえて口にしたということは気になったということだから。

 

「………あー、まぁな。………嫌か? 嫌なら止めるけど」

 

 別に蒼助は煙草が中毒的なまでに服用しているわけでも好きというわけではない。それこそ、無くても生活に支障はない。時々口が寂しくなった際、或いは精神が

荒んだ際に息抜きに吸う程度で、ヘビースモーカーと呼ばれる類には入らないだろう。



 千夜が嫌だというのなら、もう二度と吸わなくてもいい。

 それでようやく手に入れた千夜がそのままでいてくれるのなら、取るに足らない代償だ。

 

「……別に、止めることはない。吸いたければ、これからも吸えばいいじゃないか」

「え、でも……気になったんじゃ」

「少し、な。だが、それぐらいのことで蒼助を嫌いになったりはしない」

 

 うっ、と蒼助は思わず身体が仰け反りそうになる。

 飾り気のない千夜のストレートな発言は、どうしてこうも自分の胸を刺激するのか。

 

「……あんま、煽ってくれるなよ。あとで泣いても知らねぇぞ、俺ぁ」

「誰が泣くか」

 

 気にするところそこかよ。

 さっきまで涙腺崩壊同然だった千夜は、ムッとした表情で蒼助をクッションから顔を覗かせている。

 

「さっきだって、涙目だったくせに」

「あれはっ………っっ!」

 

 反論の為に起き上がろうとした千夜の頭部を押さえつけて、そのままクッションの上に押し戻す。

 

「こっの……何を」

「煽ったのはお前だろ。それに……泣かないんだろ? 我慢しろよ」

「何言って……っぁ」

 

 耳元で囁くと、髪を除けて現れたふるふるした柔らかな耳朶を舌で掬い、そのまま食むように口に含む。

 擽ったそうに身を竦める千夜の身体の震えに合わせて離すと、耳の縁をなぞり、輪郭を知ろうとするかのように這わす。

 

「ふっ……ぅ」

 

 堪えるように顔をクッションに顔を押し付けて、小刻みに身体を震わす千夜。

 自らのささやかな抵抗すら、蒼助の欲を煽る材料にしかならないことに気づいていない。

 ますます調子付いた蒼助は、耳朶の裏の陽に焼けることのない柔肌をチュウゥっと吸い上げて。裏側から耳の付け根に舌先を差し入れると、ぺろりと下から上へ

舐め上げた。

 

―――――――っ、っ」

「耳も弱いな」

 

 ビクビクっと反応をする千夜にくくっと笑い声をたてて、今度は黒髪に隠された白い項へと移動する。

 同じくほとんど日に当たらない場所であるそこは病的はまた違う、色香を孕んだ白さが称えられており、吸い寄せられるように啄んだ。

 そこから下るようにちゅっちゅぅ、と労わるように口付けていく。

 背筋を軌道上に伝っていると障害物にぶち当たる。

 

「っと、そういえばまだつけたまんまだったっけな」

「っ………あ」

 

 くいっと、ホックの部分を人差し指に引っかける。

 今となっては上半身が唯一まとう布。

 最後の砦。それを崩せば、どうなるかは千夜にもわかっていることだった。

 

「いいか………?」

 

 取りやめるならここが最後のチャンスだった。

 蒼助の理性にとっても同じことが言えた。

 最後の決断を委ねられた千夜は、少し沈黙を置いて、

 

「……………最初から、言ってる」

 

 不器用ながらのGOサイン。

 どんな顔をしてそれを口にしたのか見れなかったことが、蒼助が唯一残念に思ったことだった。

 

「りょうか―――――――い」

 

 パチン、と儚い音を立てて崩れる砦。

 取り払われた後に出てくるのは、遮るものが無くなった白い背中だ。

 無駄な肉は一切ついていない歪みのなき背骨のラインが真ん中に引かれている。

 

 綺麗だ、と改めても出る感想はそれに尽きる。

 指先で触れる感触は、柔らかくも張りがある。

 

 傷一つのない背中。

 触れることを許されたと喜ぶべきところで、しかし、蒼助は疑問を生じさせた。

 

 戦闘の際の千夜の身のこなし。

 きっと、自分よりも遙かに過激な激戦に身を投じてきたからこそ得られた秀逸さ。

 そんなものを無傷で手に入れることなど出来ないはずだ。

 だが、触れる先の身体にはそういったイコールとして繋がりえる要素が見当たらない。

 

 けれど、それは別の答えに繋がった。

 

 

 

―――――――生まれつきの特異体質でな、自己治癒力が他の人間よりも高いんだ』

 

 

 

 いつかの夜に、千夜の口から聞いた言葉。

 あの時とは違う解釈と納得が、今は出来た。

 

 そして、嘘をまた一つ見つけた。

 

 遠いな、と蒼助は限りなく近くにいるはずの存在に対し、思う。

 きっとこれで全ての嘘が暴かれたわけではない。

 それこそ、あと幾つなどと数えることなど無駄に等しいほどまだ後に控えているだろう。

 


 …………焦るな。


 

 ふつふつと沸き立つ焦燥感を押さえるべく、蒼助は自身を叱咤する。

 焦ったところで何にもならないし、これ以上近づく事だって出来ない。

 

 嘘にしろ、ただ欺いてその裏で嘲笑っていたわけではないはずだ。

 抱える欠陥を補うものが、千夜には嘘しかなかった。ただそれだけのことなのだ。

 

「千夜……」

「っ……、」

 

 肩のところに口付けて、耳元でその小さな穴に注ぐように名前を口にする。

 吐息に反応する敏感さに愛しさを覚えつつ、

 

「……ゆっくり、いこうな?」

「え、何て言……ん、ぅ」

 

 彼女に聞き拾われず独り言に成り下がった言葉は、次の瞬間に合わせた口の中の熱で溶けてなくなってしまった。

 ゆっくりいこう、ともう一度自分の中でのみ繰り返し、自己完結に浸る。

 

 これから先、まだ見えない「嘘」は否が応にも目にしていくことになるだろう。

 だから、一つ一つ拾っていこう。

 そうすることで、一歩、また一歩と千夜に近づいていけるはずだから。

 

「ふぅ……っ……ん」

 

 肩を押し返して再び身体を仰向けにさせる。

 じゃれるような甘ったるいキスには抵抗がないのか、蒼助にされるがままに千夜は従った。

 首に手を滑り込ませて、ゆっくりと撫でるように触れる。

 

「……、ぁ」

 

 ぴくん、と僅かに、小さく震える身体。

 擽ったそうに首を丸める仕草を見せる千夜の表情は、慣れない快感にただ打ち震えていただけのそれとは違っていた。

 

「……ち、ぃ」

 

 一欠けらたりと聞き逃せない千夜の発言は、小さすぎてなんと言ったのか良く聞き取れなかった。

 暫く動かないでいると、

 

「……きもち、い……もっと」

 

 千夜は、首の側面部分覆うように触れている手に頬ずるように身動ぎし、もっと、と強請った。

 その表情は、与えられる快楽を堪えるのはなく、若干ながらも受け入れ始めたことを示していた。

 千夜のその反応に、蒼助は頭の中で何かがプツっと切れたような気がした。

 

「首、気持ちいいのか?」

「……っう、ん」

 

 するりするり、と首を撫でると、千夜は驚くほど素直に頷いた。

 ほんの少し前はトラウマの拠点であった場所であるのに、えらい変わりようだ。

 その対応の変化が、蒼助に次の行動へと移る後押しへとなった。

 

「じゃぁ……―――――――ここは?」

「ん…………んぁっ!?」

 

 手の移動に名残惜しそうにしていた千夜だったが、移動した先で触れられた場所に大きく身体を揺らした。

 そこは、今となっては留め具が外されたブラジャーが被さるだけとなった胸部。

 

「………除けるぞ」

「え、ちょっ……ぁ」

 

 確認の返答をもらうまでもなく、蒼助は行動を実行した。

 上へと押し上げられ、そのたわわな二つの実りが零れ落ちる。

 

「なに恥ずかしがってんの。この前は自分で脱いでただろ」

「あの時は……っ、お前だってあんなに騒いでたくせに! えらい違いようじゃないかっ……」

「……バッカ、言っただろうが。あんときゃ、精一杯イイコちゃんの皮被ってたんだよ」」

 

 俺だって好きな子には良く思われたかったんだよ、と頬をチュゥっと吸う。

 

「でも、やっぱり素の自分を好きになってもらいたくなった。ただ好きというだけじゃ済まない……こんな風に組み敷いて掻き乱して貪ることばかり考える俺を」

「か………考え、てるのか?」

「夢に見るくらいには」

「み、見たのかっ?」

 

 しかもお前のベッドで、なんてことまではさすがに言えなかった。

 既に真っ赤になっている千夜が何をしでかすかわかったもんじゃない。

 

「まぁ、俺も男なんだよ。欲望とか性欲に忠実な部分だって、もちろんある。そういったところは、昼間の野郎連中とかお前の首絞めたクソ野郎とかと変わりねぇよ」

 

 でもな、千夜、と蒼助は次いで出た声が酷く掠れていたことに気づいていながらも続けた。

 

「こんなこと言い晒しておきながら今更だけどよ……―――――――俺は、お前が好きだよ。お前が泣いたり悩んで我慢して苦しんでる姿を見てると、自分のことみたいに

苦しくなる。お前と毎日笑って過ごしたい。別にこんなこと信じろなんていわない……信じなくてもから…………だから」

 

 両手をついて、密着していた体を離す。

 片手を千夜の顔が良く見えるように、その前髪を出来るだけ優しい手つきで撫でるように掻きあげた。

 

「嫌いになって、くれるなよ………頼むから」

 

 今、自分がどれだけ情けない顔をしているか、鏡で見てみたい。

 人は誰かを好きになると弱くなると、何処か聞いた言葉の並びが脳裏に過ぎったが、違うと蒼助はその考えを否定した。



 弱くなるんじゃない。



 今まで見ないように目を逸らしてきた自分の弱い部分を、再確認しているだけだ。

 一人でいる人間の『強さ』なんてものは、きっと自分への誤魔化しと虚勢で出来ているのだろう。

 そう思う蒼助自身も、そのうちの一人に数えられる。

 弱さを好む奴なんていないと誰もがわかっているから、だから、強くありたいと鎧をまとうのだ。

 勢いあまってだが、蒼助は今それを外した状態にある。

 

 無防備な自分を千夜はどう思うだろうか、と怯え混じった心境で千夜の目を見た―――――――が、

 

―――――――いっ、っ!?」

 

 突然、千夜の両手が伸びたかと思えば、頭部両側の髪をわしゃっと目一杯掴まれた。

 それも力加減のセーブなしで。



 ギチギチ、と根元が悲鳴を上げて苦痛を訴える。

 

「あだだだだだっ! この、やめっ、若くして頭髪貧乏になったらどうすっ―――――――

 

 抗議は続けられなくなった。

 髪を引っ張る勢いで、引き上げられた顔の突出した部分に塞がれて。

 触れるだけの口付けの後、千夜はカラカラに乾いていた蒼助の唇を舌で湿らせた。

 

 僅かに離したゼロに近い距離で、きつい眼差しで千夜は叩きつけるように、

 

「この馬鹿が……さっきの俺の言葉を聞いてなかったのか。もう一度言うから聞け。

 ―――――――そんなことで、お前を嫌いになどなるもんか。それと……」

 

 髪を引っ張られる痛みすら忘れて、次の瞬間に千夜の口から飛び出た言葉に思考が停止する。

 

 

 

―――――――その感情が、お前だけのものだと……思い上がるな」

 

 

 

―――――――っ」

 

 箍が外れる、とはこんな感覚をいうのだろう、と何処か他人事のように思いながら、蒼助は気がつけば千夜をソファに押し付けていた。

 その反動でぷるんっと揺れる胸の両方を鷲掴みにした。

 

「あっぅ……! いきなりっそん、なっ」

「うるせぇよ。とんでもねぇ殺し文句言いやがって………おかげで手加減できなくなったじゃねぇかっ」

「やっ……強く、つかっ……む、なぁ……っ」

 

 手の中の胸は、今まで触れたどの女の胸よりも柔らかく、心地よい感触を蒼助の手に与えた。

 千夜の抗議を無視して、蒼助はそのまま胸を揉みしだく。

 手馴れた手つきで、苦痛ではなく快感を与える力加減で。

 

「はぁっ……ぅ」

 

 自分の胸が弄ばれている様を見たくないのか、目をギュッと絞った千夜は首を捻ってクッションに顔を押し付けようとする。



 そうはさせない。



 蒼助はその様子に、嗜虐心をそそられ、逸らされた白い首筋に軽く歯を立てるように吸い付いた。

 

「ひっ……ぁ………そう、すけ」

「そっぽ向くなよ。気持ちいいだろ……?」

 

 歯を立てたせいで赤くなった場所を舌でぬるりと舐め上げながら、わざと千夜の羞恥心を煽るような言葉をかける。

 そして、注意を戻すべく淡い色の親指の腹で先端を押しつぶし、摘んだ。

 

「っっ……ぁ、ふ」

 

 ビクビクっと小刻みに震え、与えられる快感から逃れようと、身を捩って上へと身体をずらそうとする。

 

「こぉら、逃げるな」

 

 行く手を遮るように、一方の手はそのままにして、もう一方は下から抱き込むように肩を押さえることに行動を移行した。

 

「言いだしっぺが今になって………やっぱりイヤ、は無いだろ?」

「イヤ、とか……そうじゃなくて………なんか、よくわからないんだ」

「何がわからないって?」

「………あ……こういう感覚、初めてだから…………苦痛じゃない、から……どう耐えたらいいか、わからない」

 

 痛みなら、耐えられるということだろうか。

 痛みなら慣れている。

 慣れてしまうほど痛みを与えられ、受けてきた。

 そういうことなのだろうか。

 

「耐える必要なんて、ねぇよ」

「えっ……ぁ」

 

 耳元に助言を残すと、蒼助は顔の位置を下げ、

 

―――――――思う存分、啼け」

 

 ふくり、と浅く浮いた胸の先端部分に舌先を伸ばし、下から上に持ち上げるように舐め上げた。

 抉り出すような舌使いで強弱をつけながら刺激を与え続け、くっきりと浮き出たそこをちゅくり、と口に含んだ。

 

「ふっ、ぁあっ」

 

 ちゅぅっと吸引され、蒼助の行動に唖然としていた千夜は予想を上回る感覚に、声を抑えられなかった。

 

「ん、イイ声。その調子その調子」

 

 片方は口と舌で翻弄し、もう片方は開いている片手で揉み続ける。

 

「やっめ……は、あぁ」

「なぁ、さっきみたいに気持ちいいとか言ってくれると、俺もっと頑張っちゃうんだけどさー」

「い、うか……っ……馬鹿っ……しゃべ、るな、ぁっ」

「……あ、そ。じゃぁ―――――――言わせるまでだ」

 

 左の胸に触れていた手が、不意に離れ、移動を始めた。

 それは胸から腹、そして下腹部へとゆっくりと下っていく。

 指先が臍の上まで来て、千夜はそれはようやくその意図と行き先を察した。

 

「……あ………」

 

 漏れた短い理解の声は、明らかに今までとは色違いだった。



 今から触れようとしている場所は、これまでと同様に千夜にとって未知の領域ではあるが、そこがどう扱われるかは知っている。

 知らない方が幸せという含みを付きで。



 消沈した声色に、蒼助の中で若干の理性が修復された。

 それでもまだ欲望という本能の勢力の方が強いが、理性は劣勢ながらも働き、

 

「……………止める?」

 

 ふっ、と苦笑して尋ねる。

 紅潮した色を称えた仏頂面で、早くしろ、という返答。

 その強情さに、思わず呆れた。

 

「いいのか? 冗談抜きで、これが最後だぞ。多分、もう泣き叫ばれても止められない」

「………お前、言ってることとやってることが噛みあってないぞ」

「あ?」

 

 突然で、何のことを言われたのか、と蒼助はポカンとした。

 半目になった千夜の視線が下に向いているので、それを辿ると―――――――

 

「………あ」

 

 蒼助は己の下半身に行き着いた。

 蒼助のそれは、千夜の両脚の間に入り込んでいて、密着するあまりに無意識のうちにその付け根部分と重なっていた。

 しかも『そこ』は、頭とは違って理性などカケラも―――――――

 

「………そんなに、溜まってたのか?」

「うるせーよ……。俺がどんだけ我慢したと思ってやがる」

「一月にも達していないだろうに、大袈裟な」

「……ぐっ」

 

 その通りだった。

 やるせなさに、思わず目を逸らした。

 

「でも………」

「ん?

 

 今までの若干蔑むような視線がなくなったかと思い、視線を戻すと、千夜は目を伏せていて、

 

「これは………ちゃんと、求め、られていると……解釈しても、いいのか?」

 

 その台詞が耳に入り、脳に伝わった瞬間、蒼助はずくん、と身体の奥で熱が一気に高まるのを感じた。

 ついでに、下半身の熱も収まりがつかなくなる方へ加速し始めた。

 

「……そうだよ、悪いか。俺は、お前が抱きたくてたまんねぇんだよ」

「………っ」

 

 途端、今までで最高潮に千夜の顔は真っ赤に茹で上がった。

 自分との行為の最中でもなかった反応に、蒼助は少し複雑な気分になった。

 

「そ、それじゃ…………改めて………よろしく、頼む」

 

 妙にかしこまった台詞とふにゃりとした表情が、先程までつくり上げてきた空気をあっさりぶち壊してしまったが、蒼助は何故か面白くて、思わず笑った。

 そして、千夜の調子に合わせるように、

 

「んじゃ、こちらこそ……喜んで」

 

 茶化すように口にして、千夜に重ねるだけのキスを落とした。

 角度を変えるたびに、少しずつ深くしていく一方で、片手は一度は中断した下半身への進行を再開する。

 ズボンの留め具に指がかかろうとした。

 

 

 

 

 その時―――――――

 

 

 

 二人の間で発生し始めた甘ったるい空気を濁すような機械音が流れ込む。

 ソファとセットで設置された低めの丸いガラス板のテーブルに置かれた携帯電話から響く着信音。そして、携帯電話は―――――――蒼助のものだ。

 

「…………ダレダ、コロス」

「……さ、三途、じゃないのか?」

 

 片言になった蒼助の機嫌の急行落下を察した千夜は、その身体から醸し出される尋常じゃない濃度の殺気を収拾つけるべく、比較的安全対象と思われる相手を

予想にあげた。

 

「……下崎さん、か。そういや……あと五分で九時か」

 

 鍛錬は学校の下校後の夕方と帰宅しての夕食後の夜の二回に分けて行っている。

 約束の時間は確かに迫っていた。

 いつもなら十分前には店に着いて待機しているものだから、今日の遅れを不審に思っての念入れの呼びかけなのだろう。

 

「…………………ばっくれるか?」

「……蒼助」

 

 ボソリ、と呟いた言葉を聞き捨てなかった人間がいた。

 千夜だ。

 

「だぁってよ、この状態で終わるのか? 終われるのか? 終わっちまっていいのか? 俺は終われねぇぞ、マジで。お前だって……」

―――――――行け」

「……………」

 

 とりあえず、携帯電話の着信相手と内容の確認をすることにした。

 何はともわれまずはそれ最優先だ。

 

「………ん、メールか。………?」

 

 差出人不明。

 見覚えのないメールアドレスのみがそこに掲示されている。



 イタズラメールなのか、と疑ったが、蒼助はともかく画面を開いた。



 しかし、

 

「………窓?」

 

 メールの内容も不可解そのものだった。

 書いてあることは、いたってシンプルかつ―――――――やはり不可解だ。

 

 



『首を捻って窓を見ろ』



 

 

 一体何だというのか、と指定どおりの行動をする。

 窓に向けて、首を捻った。

 

――――――――――――――っっ!!!!!!」

 

 息が止まる。

 そんな驚愕に入り満ちた表情で、蒼助はそのまま凝固した。

 

「蒼助、三途はなんて………蒼助? どうした、窓なんか見て」

「っっ……な、なんでもない!」

「………思いっきり何かあった顔で言われてもな」

「なんでもないったらなんでもねぇんだよ!!」

「………好きにしろ」

 

 力一杯ムキになる相手に対抗する気力は先程の中で、千夜は使い果たしてしまっていた。

 

「……行くのか」

「………この上なく名残惜しいけど」

 

 そうか、と千夜はその心情を顔に隠そうともせず露にする蒼助に苦笑し、

 

「がんばってくれ。………待ってるよ」

「…………っ」

 

 見送る姿勢で、最後に付け足した言葉の含みを鋭く察した蒼助は、溜まらなくなって半裸の千夜を思わず掻き抱いた。

 

「……土曜日の夜。俺、多分寝かせてやれねぇわ」

「それは……困る」

「いや、無理。………マジで、頑張るから」

「……ぁ、ん」

 

 

 

 遅刻覚悟を腹に決め、残る三分は想いの成就の余韻に浸ることへ注ぎ込むことにした。

 

 

 

 







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