ふわふわと安定しない千夜の意識を突つく声があった。

 

 

 ―――――――みづきくん。

 ―――――――ミヅキくん。

 

 

 ふわふわと安定しない千夜の意識を突つく声があった。

 煩わしいというよりも、くすぐったさに近い。



 その刺激は弱くても確実に千夜を覚醒へと誘う。







 そして、

 

 

 

―――――――御月くん、御月くんってば!」

 

 

 

 これ以上にないギリギリまで連れてこられたかと思ったその時、一際大きな呼び声により意識を引っ張り上げられて―――――――目が覚めた。

 暗闇から切り替わった視界に突然入り込む光に痛みを覚えつつ、慣らすように瞬きを何度が繰り返し、瞼を上げる。

 




 その直後に対面したのは、少女の顔のどアップだった。




 

 目と鼻の先の距離間で、少女はムッと結んだ口を開いて、

 

「………起きた?」

「………起きた」

 

 眠りの名残を感じさせるこちらの返事を聞くと、少女は屈めていた上半身を引いた。

 

「もう、購買で飲み物買って返って来たら寝てんだもん。待ってるって行ったのに」

 

 不機嫌そうにむくれる少女をぼんやりと見つめながら、千夜は『ある違和感』に襲われていた。

 

「あれ………何で、いるんだ?」

「はぁ?」

「いや、だって………」

「寝ぼけてんの?」

「………寝ぼけて、いる?」

 

 少女は鸚鵡返しに言葉を返す千夜に、呆れ帰ったように鼻を鳴らす。

 

「い・い? 私が誰かわかる?」

「え……」

「わかる? ほら、答えるっ」

 

 唐突な質問を投球されて、戸惑う千夜に少女は強く先を促す。

 逆らえない勢いに千夜は流されるようにして、

 

「…………東原、詩菜」

「そうよ。私は【東原(ひがしはら)(しい)()】。じゃぁ、次。あなたの名前は?」

 

 一体どういう状況なのか、と思いつつも千夜は問われたことに答えようと、

 

「……よす」

 

 答えかけて、再び違和感が産み落とされた。

 この名は問いに対し、正解と成り得る答えなのか、と。



 僅かな溜めが考えを見直す時間となり、そして―――――――

 



「………御月、【御月(みづき)千夜(かずや)】、だ」

 



 すると、少女は眉間に皺を寄せて不機嫌を露にした表情をくるりと百八十度反転させて、にっこり笑い、

 

「せーいかい。よく出来ました。そのなんかひっかかる間については言及無しにしてあげるっ。夢からの帰還おめでと、御月くん」 

 

 現実、という言葉に意識が反応を示す。

 彼女が目の前にいるのが現実。

 そうであるならば、先程までのことは、

 

 ………夢、か?

 

 思い、行き着いてみると、その結論は異様にしっくりと馴染む。

 周りの風景も限りなくホンモノだ。



 屋上。

 覚えはある。あるに決まっている。

 



 ―――――――【俺が通っている学校】じゃないか。

 



 違和感が消えていく。 

 心が完全なる確信を得たことによる現象だ。

 あれは夢。

 これは現実、と。

 

「あー、そうか。……夢かぁ………ははっ」

「なーに? 今度は笑い出して」

 

 呆けていた状態から突然、笑いだした千夜に少女は怪訝そうに首を傾げる。

 

「……いや、ちょっと変な夢を見ていたんだ。………ありえないって奴なんだけど……妙にリアルだったなぁ」

 

 今さっきまで、現実とそれとの区別がつかなくなるほどに。

 そう言うと、少女―――――――詩菜は興味を抱いたらしく、

 

「へー、どんな夢? 何が変で、リアルなの?」

「………えー」

「渋るな、ケチ。減るもんじゃあるまいし」

 

 俺は減る。大事な何かが減りそう。

 心の中で主張しつつ、言え言えと催促してくる詩菜の粘り強さに負けて、千夜は観念した。

 

「……あー、笑うなよ?」

「うんうん」

 

 頷く表情は笑顔。

 笑うんだろうなー、とその後の反応に対する千夜の覚悟はこの時点で大体固まりつつあった。

 諦め半分投げやり半分の気分で、千夜は言葉を放り出した。

 

「俺、女だった。しかもボンッキュッボンッ、のナイスバディ」

―――――――ぷっ」

 

 それみたことか、と腹を抱えて笑う詩菜を千夜はジト目で見つめる。

 このまま、不貞寝してやろうかとだるい気分に浸っていると、

 

「ごめんごめん。寝ないでよー……だって、なんか想像したら全然違和感なかったから」

 

 追い討ちをかけられているのだろうか。

 しかも、それはトドメに充分値する攻撃力だ。

 

「………」

「あ、はは………あ、それで? その時は私は、どうだった? ひょっとして、男とかになってたりした?」

「……ん、詩菜は、―――――――

 

 言いかけて、思考の動きが何かに引っかかったように止まる。

 夢の中で、目の前の少女はどうあったか。

 じわじわと、染み出すように記憶が彼女に関することを吐き出す。



 そして、

 

「………………いなかったよ」

「え?」

「………詩菜は出てこなかったなー、出てくる奴ら皆知らない連中ばっかだったし。俺も女で、現実味は皆無な世界でさー」 

「何だ………」

 

 つまらなそうに目を細める彼女を見ながら、これが現実でよかった、と心からの安堵を抱く。

 

 



 何故なら夢の中で、酷く長く感じたあの夢の中、彼女は―――――――

 

 

 

「ま、いっか。そろそろ夢の話は止めて現実に戻ろうよ。―――――――はい、飲み物」

 

 千夜の思考を遮るように、詩菜が目の前に紙パックのジュースと思われるものを差し出す。



 受け取るが、

 

「…………なぁ、詩菜さんよ」

「なに?」

「これ、ナニ?」

 

 ジッと凝視するモノには表示がされていた。



 『赤汁』と。



 トマトジュースかと思ったが、表示されている構成成分を見る限り、その判断は愚直かつ無謀過ぎるだろう。

 

「この【赤いモノ】がいろいろっていうのは……」

 

 パックに表示してある誇張文字のことだ。

 

「購買のオバサンが異様に進めてきたのよ、それ。その宣伝文句のいうとおりいろんな新鮮な【赤いモノ】のミックスジュースなんだって。

……んー、まぁちょっと冒険してみたくなってノリで買っちゃった」

 

 それは違うことにしようよ、と視線でツッコミつつ表面は苦笑を保つ。

 はたして、【赤いモノ】は全ては体内で吸収されても無事で済むものであるのか。

 疑問に対し、自身の思考が『是』と答えを返してくれないことに千夜は不安を覚えた。

 

「ちなみにお前の真っ黒いパックのは?」

「【黒汁】。黒酢っぽい飲み物だって書いてあるよ」

「……………」

 

 もうそれ以上は何も聞かずに、千夜は黙って付いていたストローを飲み口に挿した。

 幸い、味はトマトジュースに近い味だった。

 いろいろ奇奇怪怪な珍味ジュースは飲んできたが、ここまで来るといい加減彼女の買ってくる飲み物についてはもう悟りが開けそうだ。

 

「そういえばさ、昨日のLHRで進路調査のことが出たんだけど」

 

 黒い液体をストローで吸いながら、隣で座る詩菜が唐突な話題を挙げる。

 

「あー、あったなそんなアンケートみたいなの」

「そー、それ。御月くんはなんて書いたの?」

 

 問われた千夜は、その時自分が書いたことを思い出す。

 

「………未定、だったかな」

「ふーん。何か夢とかなかったの?」

「…………………ないな」

 

 夢。

 将来の夢。

 進路。



 改めて考えて、認識してみるとそれを考えて悩む自分が、なんだか現実離れしている気がしてならなかった。

 数ヶ月前までそんなものとは無縁の生活をしていた千夜にとっては、それこそ夢なのでは、と思えて仕方ない。

 

「ふーん………でも、まだ一年も先のこと今からやるなんてこの学校も気が早いねぇ」

「そうだな。………詩菜は、なんて書いたんだ?」

「ん、私は………とりあえず大学かな。とりあえず、ね。………お祖母ちゃんたちにいつまでもお世話になっているわけにはいかないし、

やっぱり将来は就職でもして早く自立しなきゃ。……その為には高卒よりも大学に進学した方がいいだろうしね」

「ちゃんと、考えてるんだな」

「そーかな……皆、最初はなんとなくそんなものじゃない? きっと、そのうち本命は決まるだろうから、最初はなんとなく意味もなく

無難な感じでさぁ」

 

 そういうものなのか。

 それが『普通』というものなのか。

 悠長な考え方に千夜は改めてギャップの大きさを感じた。



 自分の生きていた『世界』ではその日その日の明日をどう生きるか、それ以上先のことに気を配る余裕すらなかったというのに。

 この『世界』のでは、十年や二十年先のことを考えたり悩んだりする猶予が充分にあるという。

 『同じ世界』にあるはずなのに、異なる環境、異なる空気、異なる生き方。

 そして、此処とは異なる場所で―――――――光に相反する影の中で生きていた自分が本来なら存在しえないはずの光の中で、

今こうして何事もなかったように振舞いながら生きている。



 慣れ、とは恐ろしい。

 最初は違和感や居心地の悪さを感じていたというのに、今となってはここにいるのが―――――――この『世界』で生きているのが当然のように

思えているのだから。

 ここにはたくさんのモノが溢れている。

 『普通』、『日常』、『退屈』、『学校』、『娯楽』。

 千夜には手に入らないはずだったものばかりが、今はもう目の前に当たり前の如く置かれている。

 

 いつからそれが当たり前になったのか。

 いつから違和感がなくなったのか。

 考えて、隣に視線だけを向ける。

 



 この少女―――――――東原詩菜と出会って、一緒にいるようになってからか。

 



 何もかも自分とは対照的すぎる少女。

 似通っている部分など何一つない。

 自分が夜の月なら、彼女は昼間の太陽。

 非日常そのものと日常そのもの。



 異なるが故に、対極の磁石が惹かれあうように―――――――愛しい、と千夜は感じていた。

 

「あ、そうだ」

 

 千夜の考えているなど欠片も知る由もない詩菜は、突然何か良案を思いついたかのように声をあげた。

 

「特にやりたいことないないんなら大学進学考えてみれば? その方が、いざ何かやりたいとか思ったとき選択の幅も広まるよ」

「大学、ねぇ………」

「あ、でも………両親いないんだったよね。………妹さんのことも、あるし………」

 

 そこで壁にぶつかってしまったように、詩菜の表情が沈みがちになっていく。



 彼女が気にしていることは、すぐに千夜の思考が理解した。

 金銭面の問題についてだろう。



 千夜に両親がいないことは知っている。

 家に何度か上げている為、小学生の妹の存在も。

 確かに、これが『普通』なら親なしの身では、下の子供の将来も考えて養わなければならないので就職を考えるだろう。



 しかし、幸い千夜には両親がいたならではの仮定よりも、遙かに金銭面の援助をしてくれる人間がいる。

 偽造した戸籍上、そして事実上保護者である三途に頼めば、簡単に頷いてくれるだろう。

 そもそも学校に通うことを薦めたのも、あの女だ。

 

「別に、大丈夫だと思うから………そうだな、大学な……それもアリかな」

「えっ! じゃ、じゃぁ、私今度の日曜日に大学見学に行くんだけど……ど、どう一緒に!?」

 

 思うように事が運んで興奮しているのだろう、ずずずい、と決定打の釘を打たんばかりに迫る勢いに思わず身を引きつつも、

 

「あ、ああ……行きたいな」

「っっ!」

 

 おもしろいくらいあからさまに嬉しそうな笑顔を浮べる詩菜が、千夜はかわいいなぁと内心のろけた。

 

「よ、よかったー。一人じゃちょっと気が引けてたのよね」

 

 そう言いながら、詩菜は明らかに増した勢いでズゴゴっと黒い飲み物を吸い上げて飲み干していく。

 ぷふぁ、とストローから口を離すと、

 

「………いつまでも同じ道を歩けるわけじゃないのは、わかってるんだけどさ。………でも、それでもやっぱり……寂しいよ、そーゆーのって」

「……………」

「ずっと、今のままがいいな………無理だけど」

 

 ねぇ、と詩菜は膝に顎を乗せて、

 

「……………私達………これから先も一緒でいられるよね?」

 

 一瞬、千夜はひやりと胸の奥が冷たく凍るような感覚に襲われた。

 未来という安定のない不確定要素に、判断が鈍る。

 



 ………この未来(さき)も、ここに。

 



 馴染めなかった場所には、もう馴染んでいる自分がいた。

 ここに居ることは可能だ。

 望めば、ずっと立っていられる。



 何故ならば、と千夜は虚空に向けていた視線を隣接する少女へ向ける。

 

「まるで、俺が一人何処かに行くみたいな言い方だな」

「べ、別にそういう意味じゃ……」

「じゃぁ、行っても良いのか?」

「だ、ダメ!」

 

 あ、と顔上げての全否定の後に、我に返った詩菜は顔を沸騰寸前の如く真っ赤にして沈黙に伏した。

 それがおかしくて思わず笑ってしまう。

 

「冗談だよ。どこにも行かないよ、詩菜といるのが一番なのに」

「………す、素面でそーゆーことさらっと言わないでよ! 聞いてるこっちが恥ずかしいじゃない、もう!」

 

 そういう割には満更でもなさそうだ、とプイっと逸らした真っ赤な顔がややにやけているのを千夜は微笑ましげに眺める。

 

 

 千夜と詩菜は微妙な―――――――友人以上恋人未満の関係上にいる。

 

 ほんの些細な事柄や力がかかれば、簡単にどちらかに偏ってしまいそうな危うい均衡。

 千夜は、彼女が自分に好意を持っているのを知っている。

 そして、千夜自身も彼女を想っていた。

 それにも関わらず、このどっち足らずの中途半端な状態に甘んじる理由は、

 

 ………何でだろう。

 

 それは、千夜自身にもわからないでいた。

 実は、何度か思い余って想いを口にしかけたことはあった。

 だが、その度に内側の何かに抑制され、至れず終わる。

 

 ………どうしてだろう。

 

 言いたいはずなのに、言うなという歯止めがいつも引っかかる。

 それが、このじれったい一歩引いた関係を続行させる原因であった。

 

「………まぁ、いいよな」

「へ?」

 

 無意識に漏らした言葉に遙が首を傾げるのに対し、何でもないよ、と取り繕う。

 

 

 焦る必要はない、大丈夫だ。 

 自分はこれからこの世界で生きていく。

 その先には彼女が居る。

 時間はこれからまだ有り余るほどある。

 焦らなくても、いつかこの線を越える日は、きっと来る。 

 

 

 だから、今はまだ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、千夜の意識はぷつんと途切れた。









 ◆◆◆◆◆◆









 一瞬の急落下にも似たブラックアウト。

 その次に、再び切り開けた意識が捉えたのは、屋上から見えるはずの青空ではなく、無機質な白い天井だった。

 

 夢。

 

 腹部の熱を持った鈍い痛みが、それにいっそうはっきりとした輪郭を持たせた。

 

 ………どおりで、な。

 

 そんなウマい話があるわけないんだ、と千夜は無いとは言い切れない落胆を抱えて、身体を起こそうとする。

 『異変』に気づいたのは、そこでだった。

 

 一人で寝るベッドの上とは、こんないにも窮屈だっただろうか、という違和感、

 明らかに一人とは思えない感覚。

 

「………オイ」

 

 "自分の隣"で寝息をたてる男に、千夜は思わず声が低くなった。

 一人が寝るのに快適なスペースを一気に狭苦しくさせる男、玖珂蒼助は知ったことかといわんばかりに惰眠を貪っていた。

 たとえどんな重傷を負うこととなっても、この男の看病だけは受けたくない。

 千夜はどうでもいいことながらそう思った。

 

「普通、淵に頭を乗せて寝ても、何で乗り上がってくるかお前は………ぁ?」

 

 再び身体を起こそうとして、体の右―――――――その腕が上がらないことに気づく。

 視線をそこへ向かわすと、そこにある手は"別の手"に被せられて身動きできない状態になっていた。

 呑気な寝顔とは打って変わって、眠っていながらも包むように握る蒼助の手にしっかりと千夜の手から離れない力が込められているのは、

その受け手である千夜が一番わかることだった。



 その手をしばらく見つめた後、蒼助の顔へとその視線を移す。

 観察している内に、唇の端に切れて滲んだ血が僅かに固まっているのを発見する。

 その一つの発見が、千夜を回想という行動に至らせた。

 

 

 絶望の淵に落ちかけた自分を引き止めるべく現れた蒼助。

 自分が犯した失態のツケと称して、プライドを押し潰して頭を下げた蒼助。

 玩具じゃない、と否定した蒼助。

 自分の何を知っていると問われて、何も知らない、と答えた蒼助。

 だから知りたい、と付け加えた蒼助。

 

 

 ―――――――何で好きなのかわかる程度の想いじゃない。

 

 

 最後に行き着いた台詞とそう言った背中が、千夜の回想に終わりを告げる。

 

 

 

「わからないなら、止めておけばいいのに………」

 

 そんな得体の知れないものに深く突っ込んだって、きっとろくなことにならない。

 それが、この男にわからないはずがないのに、どうしてあんなことを言ったのか。

 

「あんな女に殴られてまで……」

 

 完全に関連性を立たせようと、蒼助はそこまでした。

 女はそれが自分のためだと言っていた。

 

「馬鹿」

 

 そう思った女も。

 そうだと肯定した蒼助も。

 

 そして、

 

 それに紛うことなき『喜び』を感じた自分自身も。

 千夜は、何もかもを罵った。

 

「そこまでする必要のある女じゃないだろ、俺は……」

 

 一丁前の女ですらない存在に、どうしてこの男はそこまで出来たのだろう。

 どちらかにはっきりと偏ることすら出来ない自分に、何故。

 

「………っ」

 

 触れる手が不思議と熱く感じ、引き抜こうとすると蒼助の手は意識がないにも拘らず、一向に力が緩まない。

 まるで、出会ってから引きずり続ける自分たちの縁のようだ、と千夜は思い、ふと何かに引っかかる。

 

 始まりは本当に、些細な僅か一瞬の逢瀬にも等しい一夜の邂逅だった。

 あの後、本当に自分はこれきりで終わりだと思っていたのか、と疑念する。

 

 違う。

 心の何処かで、もう一度会いたいという想いを潜ませていた。

 理由なんてない。

 

 

 単純に―――――――ただ、逢いたかったから。

 

 

「………あぁ、そうか」

 

 そうだったのか、と何か諦めにも似た落ち着きが千夜の胸に落ちる。

 最初から何一つ狂ってなどいなかったのだ。

 わかってしまえば、認めてしまえば、こんなにも簡単に全てが結論づいていく。

 そんな己の単純さに、思わず笑みが千夜の唇から零れる。

 

 何度も理由を考えた。

 

 これがいわゆる腐れ縁なのか、というほどの幾度となく重なる拘わり。

 望んだわけではない結果や道筋を行く羽目になっても、仕方ない甘んじてしまった裏で妥協とは正反対のもっと積極とした感情があった。

 蒼助の告白が何かのスイッチとなったのように、自分の中で何かが変わった。



 この男に向ける感情自体は最初と同じであるはずだ。

 変わっていない。

 なら、今もある感情は最初に抱いていたものと同一であるということ。



 それはすなわち―――――――

 



「何だ、最初から決まってたんじゃないか………」

 

 真実は、最初から自分の中にあった。

 それを認めまいと、自分はずっと目を逸らし続けていただけだった。



 何故なら、それは相手を最悪へと至らせる選択だったから。

 二度と犯さないと決めた過ちとの再逢を許すことだったから。

 

「……なぁ、蒼助。やっぱり………俺はお前がそこまでしてくれるほどの価値なんて、ないよ」

 

 

 そうじゃないか、と一人呟く。

 

 性別の揺らぎ一つで、かつての想いをまるで最初から存在しなかったも同然に『無』としてしまった自分に、誰かを想う資格などないのだから。

 

 

 

『……………私達………これから先も一緒でいられるよね?』

 

 

 

 かつて約束し、今となって果たされなかった彼女の言葉が彼女の声で千夜の鼓膜に幻聴する。

 その存在も想いも消え、記憶と夢にその残像と思い出のみとなった彼女が己を苛むようで、思わず目を閉じた。

 

 

 まるで呪いのようだ、とかつては愛しく想った少女の言葉をそんな風に捉えるに堕ちた自分が、どうしようもなく忌まわしかった。

 残るもう一方の腕で抱きしめるように蹲り、ゴメン、と息を殺して呻いた。

















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