「まず最初に言っておこう。―――――――私は、貴様が気に食わん」

 

 

 

 

 唐突な宣言を告げられたかと思った瞬間に、それは起こった。

 

 右肩が妙に軽くなった。

 代わりに得た感覚は、喪失感であった。





「………あ?」





 ごっそり重みを持っていかれたような違和感に、目線をそこへ下げてやる。

 

 

 

 ―――――――あるはずの右腕が肩口から無くなっていた。

 

 

 

「っ、っ、っあ―――――――っっっ!!!」

 

 実の起こった現実の自覚と共に、現実は激痛を発した。 

 短い引き攣った悲鳴をあげ、膝をついた蒼助を更に驚異が襲う。

 

「正直、口を聞くのすら嫌悪感を感じ……」

 

 平然と痛みにもがき苦しむ蒼助を眺めていた上弦は、立派な極太い眉尻の片方を反り上げさせて顔を顰めつつ、もう片方の血が噴き出る傷口を押さえ

る腕に手を添え、

 

―――――――腹立たしい気分になるのだ」

 

 枝からりんごを採るかのようにもいだ。



 新たに絶叫をあげる蒼助を、うるさいと揶揄するかのように胸を蹴りつける。

 両腕という支えを失ったアンバランスな蒼助の上半身は容易く後ろに倒れ、頭を打ち付けることになった。

 衝撃で意識が飛びかけるが、それを制するが如く上弦の足が胸を踏みつけた。

 床に叩きつけるのと同様にされ、心臓が弾けそうな圧迫に息が詰まる。

 

「まだ堕ちるな。こちらの言いたいことはまだあるのだからな」

 

 何処までも殺意に満ちた目で、蒼助を見下げ、足下の胸をぐりぐりと踏み躙りながら、

 

「腹立たしい。真に腹立たしいぞ、小僧。貴様のような輩に、我が主を任せなければならないとは………貴様が、そしてそうさせざるえない己自身が

憎くてたまらぬっ」

 

 ぐしゃり。

 下のほう何かが潰れる音がしたのを、耐え難い痛みによって現と暗転の境を彷徨わされる蒼助は、不安定な遠くなりつつある耳で聴き取った。



 胸から退かした足を今度は、蒼助の左脚に置き、圧したのだ。




 力任せに骨はおろか肉や神経も踏む、という行為の有り得ない圧迫によって胴体とさよならをさせられた。

 

「あ゛っ、あ゛っ、あ゛っっっ」

「だが、これも我が君の為。その為ならば、私はいくらでも苦汁をなめてみせよう」

 

 そう言って、更に蒼助の最後の四肢である右足を踏み千切った。

 芋虫同然の格好となった蒼助は絶え間なく血液が四箇所から流れていくせいで、死人のような顔色になって目に虚無を宿していた。

 それを眺めていた上弦は鼻を鳴らし、

 

「………ふん、そうまでなっても意識は落とさなかったか。これもまた忌々しいが、賛辞に値する気力だ。ならば、残ったその気力で私の話を聞け。

明日より私はこの空間にて貴様を鍛えることになった。あの方の傍に立つに相応な存在に近づけるべく、な。今日のように簡単に済むと思うな。地べた

を這うようなら引き剥がして立たせ、立つのなら地べたを捻じ伏せ這わしてくれよう。全てはあの方の為だ。こうして、貴様に痛みを与えることも、

貴様と時間を共有することも、何もかもあの方の為………ならば私は、いかなることもこなしてみせよう」

 

 もう蒼助には、長々しく語る上弦の言葉はあまり聞こえていなかった。

 ただ、自分は確実に死ぬという迫る未来を予感し、実感していた。



 今さっきで何でこんな目に遭っているのだろうか。

 黒蘭は自分に手を貸すと言っていたはずだ。

 なのに、今自分はこうして殺されようとしている。



 この男が己の独断で私情に走り行動しているだけなのか、と考えたが、目の前の男は何故か明日のことを言葉に入り混ぜている。

 

 両手両足をがれた身で、何を鍛えろというのか。

 これは一体何のつもりなのか。

 黒蘭は何を考えているのか。

 

 疑問を頭に思い浮かべ、並べるが端から文字列が消えていく。

 意識を保たせていた気力が、もう限界を迎えているのだ。

 

「そういうわけだ、小僧。黒蘭様から仰せつかった命を、私は今為そう。まずは一度……」

 

 一度?



 霞みがかかる意識で疑問を掲げる蒼助に、

 

 

 

 

 

 

―――――――死ね」

 

 

 

 

 

 無造作に振り上げた足が勢いづいて顔に落ちてくる。

 それが蒼助が見た最期の光景だった。









 ◆◆◆◆◆◆









―――――――ここまで来て死にネタって、納得できるかぁぁぁぁっ!!!」

「うわっ」

 

 

 

 

 無情にも告げられた宣告に対する非難の絶叫と共に蒼助は、跳び起きた。

 肺にあった酸素を総動員させたせいで、軽い酸欠状態になりながらも、パニックに陥っていた精神は徐々に沈静化していく。



 そして、ハッとして己の手足を見回す。

 

「あ、あれ……?」

 

 千切られたはずの四肢はどれも損害の欠片もなく、綺麗な部品として胴体という本体に何の不自然もなくくっついていた。

 それどころか、身体の何処にも傷が見当たらない。



 まさかあんなにリアルだったのに夢オチなのか、という考えに方向が向き始めた時、

 

「ちょっと失礼」

「え、あ……下崎さ、ん?」

「おはよう。ちょっと、待っててね」

 

 先程目覚めの際に聞こえた声は、どうやらいつの間にか傍にいた三途のものだったようだ。

 三途は、こちらの戸惑いの事情を知っているかのように、肩の付け根や足の付け根を引っ張るなど触るなどして、具合を伺っている。

 

「うん、ちゃんと繋がってるね。痕も残っていない」

「………といいますと、やっぱり俺の臨死体験は夢じゃ」

「ないない。上弦さん、両手足千切って頭潰したって言ってたし」

 

 わざわざ報告までしていたのか、あの巨人は。

 報告時に虫を潰したことと大差ないとでも言うかのような表情を浮かべていたに違いない、と勝手に推測し、蒼助は腹の底で沸々と

怒りがこみ上げさせた。

 

「でも頭まで潰したのが本当だっていうなら、何で………生きてんだ、俺」

「うーん、それが混血種の体質に表れる利点なんだけど。……何処から説明したものかなぁ………」

 

 数秒ほど目を泳がせ、悩む様子を見せた後、

 

「……簡潔に言うと、私達……【混血】はね………―――――――カミと同じ、不死身に近い体質なんだ」

「不死身………って、俺死なないんすか!?」

「話は最後まで聞きなさい。死なないわけじゃない、それに近いだけで……まぁ、"死ににくい"というのが、一番しっくり来るか……な」

「いやでも……頭潰されて死なないって……」

「心臓が止まったら死ぬ。脳の活動が止まったら死ぬ。それは悪魔で"人"で通る常識。私たちは、体質的に言うなら…………人とはかなりかけ離れて

いる。ここは、カミ様的常識で行こうか、付いて来てね?」

「………努力はします」

 

 こうして、三途は臨時講義を始めるに至った。

 

「カミ様的常識その一。【死】とは【肉体の死】にあらず。これは身体が致命傷レベルの傷を負ったり、身体の器官に壊滅的なダメージを食らったり

して、肉体の活動が停止するとする。でも、カミにはそれが【死】にはなりえない。何故だと思う?」

「………わかんねぇ」

「教え甲斐があるね、君は。理由は―――――――蘇生しちゃうからだよ」

「ゾンビと同じ原理っすか?」

「あれはまた違った経路(ルーツ)での蘇生で、ハズレ。カミっていうのはね……ヒトと違って、とても世界に影響を受けやすい存在なんだ」

「……どういう意味ですか?」

「【霊質粒子】っていう世界に流れる……私たちの身体に流れる魔力よりも、ずっとずっと純粋な……世界が生み出している力なんだけど。根源である

世界に近い気質を持つ精霊……カミは、ヒトよりもその力に馴染み易く影響の受け与えが激しいんだ。それゆえに、彼らはヒトよりも遙かに強大な力と

して大量の霊質粒子を扱うことができる。そう、自らの身体の欠損を補う為のガソリンとしても、ね」

「あ……」

 

 ここまで話してもらい、蒼助はなんとなく理解の光を捉えた気がした。

 

「………肉体を再生させることも、できるってことか?」

「正解。掴みが早いね。カミも肉体の構造はヒトと全く変わらない。けど、ここで両者を大きく分けるのは、さっき話した霊質粒子に対する影響。

カミは、似通う気質を潜在的に備えているが故に自らの意志を以ってして、それを自らの体内に取り込むことができ、それによって自然治癒力は驚異的

な威力を発揮する。それこそ、腕一本まるまる消し飛んだとしても繊維一本から再構成出来るまでに。ちょん切れちゃったくらいじゃ、朝飯前でくっつ

いちゃうよ」

「そういうわけっすか………でも、頭は」

―――――――【死】とは【魂と肉体の離別】なり。これ、常識二つ目、ね」

 

 講義は第二段階に移ったようだ。

 

「普通の人間は、退魔師と違って扱う術も知らなければ、霊質粒子をそんな風には使えないし………そういう機能はついていないから、カミに言わせれ

ばどうしようもなく脆弱な存在で、肉体が傷つけば簡単に死んでしまう。でも―――――――カミは一つで説明したとおり、強力な再生能力でそんなこと

には成り得ない。では、彼らにとって死とはどのように確立しているのか………それは、魂が肉体から完全に切り離れてしまうこと」

「でも、それって……人間も当てはまるんじゃないですか? ああ、と……肉体が死んで魂が離れて亡霊ってのが出来るんですよね?」

「それも正解。でも、【殺す】ならともかく【死ぬ】にはもっとハードルが高くないと。例え、肉の欠片まで擦り減っても、魂が宿る肉体はまだある

から再生しちゃうんだ。………肉片一欠片も残さず、或いは灰にまで追い込んで、そこで彼らはようやく死ぬ。私達の場合は、寿命も有りだけど」

 

 長い言葉続きの後に、三途は一息入れて、

 

「他にもいろいろ特殊ケースはありえるけど、今は基礎知識だけにしておこうか。他に質問は、何かある?」

 

 返答は、イエスであった。



 説明を聞いている最中も、蒼助の思考の片隅で昇華の瞬間を待ち続けていた疑問。



 それは、

 

「………俺、何で殺されたわけ?」

 

 殺すと死ぬの使い分けの境界線がいまいちわからないが、とりあえずそう言い表してみた。



「殺される前までの君の体質問題の解決の為じゃないかな。たとえば、ここにスプーンが一つ」

「何処から」

「そんなちっちゃいこと気にしちゃ負けだよ。ほら、握ってみて」

 

 ちっちゃいか?と思いつつも胸に秘めておき、言うとおりにした。

 目の前のそれが紛うことなき金属であることを知りつつ、その真意を確かめるべく。

 

「…………―――――――あ」

「大丈夫、みたいだね」

 

 何の反発も異変も起きず、スプーンは蒼助の手の中に大人しく収まっている。

 

「……一体何で」

「発散されたんだよ。君のさっきまでのアレは、制御できていない力が身体に収まりきらないほどの霊質粒子を取り込むせいで起きていた暴走なんだ。

だから、余る霊力を【消費出来る状態】にしたんだよ」

 

 覚醒したばっかの混血種によくある現象なんだけどね、と付け足す三途の言葉を小耳に挟みながら、蒼助は自分なりの理解を試みた。

 

「………あー、つまり今の俺が五体満足なのは」

「そうだね。余っていた霊力を消費して再構築した。そして、状態もちょうどいいバランスに落ち着いた、ということだよ」

 

 ここに連れて来た黒蘭の真意を、蒼助はようやく呑み込めた。

 そして、勝負にならないことがわかっていながらも、「戦え」と言い表すことに含まれたその意味も。



 最初に腕をもがれた時、全く反応の出来なかった自分。

 手も足も出なかった、という事実は、今の蒼助がどれだけ無力で使い道にならないのかを思い知らせた。

 己の立つ位置をわからせる為に、わざわざ「殺されろ」ではなく「戦え」と言ったのだろう。



 澱に来ることは出来た。

 だが、蒼助自身はまだ【この世界】の最弱という出発点にいる。

 食物連鎖でいえば、非捕食者なのだろう。

 今のままでは、食われて嬲られるだけの存在。



 力はある。

 だが、扱えない力ほど【無力】と呼ぶに相応しいものはない。

 

 今日、この場で黒蘭が要求したのは、二つの事柄だと、蒼助は推測した。

 己が弱いということ。それを自覚しろという要求。

 そして、もう一つ。



 ―――――――強くなれ、と。

 

「………まわりくどいんだが、直球なんだか」

 

 蒼助は小さく呟き、己の手の平を見つめた。

 そこには、何も無い。

 何一つ掴めていない、空っぽな手である。



 だが、それは同時に何かを掴める手であるということを表してもいた。

 

 全ては、これからであった。

 自分はようやくスタート地点にいるのだ、と蒼助は決意づくように何も無い掌を固く握り締める。



 手応えのない感触を忘れないように、しっかりと。

 この手に何かを手に入れたときに、違いを確かめる為に。

 

「………下崎さん」

「何?」

「ちょっとひっかかってるんだけどよ………」

 

 己の中で腑に落ちずにいる疑念を問う。

 

「…………霊力を安定させるのには、腕一本くらいじゃ足らなかったのか?」

「……………」

 

 何故か、三途の表情は強張った。

 気まずそうに。

 

「………黒蘭は、そう言ってたんだけど」

「…………」

「上弦さん厳しいからなぁ………本人、最初が肝心だとか言ってたけど」

 

 あはは、と苦笑いをつくって並べる三途のフォローを聞きながら、蒼助は静かに一人察した。

 「殺す」という選択自体は、あの男の独断であり私情であった、と。



 そして、あの男は自分をどうしようもなく快く思っていない、と。

 

「あ、でもね、いくら治るっていっても、痛みまではなくならないから再生するまで相当辛いし……そこを汲んで気を使ってくれたんじゃ」

 

 三途の言葉を遮るように、ダンっ、と地を叩く、というよりも殴る音が鈍く響いた。

 座り込んだ蒼助の、握り拳がコンクリートの地面に付いていた。

 付着した場所から伸びる線が何本か見れた。

 

「下崎さん」

「………え?」

「俺は五日間であのデカブツを殺せるくらいまでにはなってみせるぜ」

「………………」

 

 俯いた笑みが恐ろしく昏い。

 フォローする言葉も失くし、沈黙する三途をよそに、蒼助は声を立てて笑う。

 

「くくっ……明日からが楽しみだぜ、まったくよ」

 

 姑、或いはお義父さんという敵に対し、報復の炎を胸の内で燃やしながら。


















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