三途達がいる居間(リビング)からやや離れた部屋―――――――寝室。












 右足首の欠損と心臓を突き破られるなど―――――――その他諸々大きな損害を被った三途の治療が済むまで、と千夜は居間を離れて、この場所にて

一人放置される男の元へ様子を見に来ていた。

 椅子に腰掛け、千夜は一人静かにベッドを見つめていた。

 

 そこには一人の男が、眠るように気を失っている。

 つい先程まで内なる者に身体を奪われ、我を失っていた男。

 自分の呼びかけに応じて、帰ってきた―――――――玖珂蒼助。



 喜ぶべきことだ。

 何より、千夜自身が強く望み願ったことであった。

 

 

 

 

 しかし、一つの後悔の念も混在していた。

 



 

 無論、蒼助の帰還に関することではない。

 そんなことは以ての外だ。

 

 その後悔の矛先は千夜自身であった。

 正確には、千夜が起こした行動に対して。

 

 千夜は眉を寄せ眉間に皺をつくり、口をキュッと結び、険に満ちた険しい表情で汗をにじませていた。

 睨むような目つきであったが、それはベッドの上の蒼助には既に向けられておらず、膝の上でギュッと握り締められた両拳に下りている。

 

 …………何で。

 

 内心で千夜は何度となく繰り返した自問自答を呟く。

 それは―――――――

 

 







 …………何で、あんなこと言ったんだっ……!

 









 『あんな事』―――――――蒼助を呼び戻す際に、恐らく彼のヤル気に大きく影響を与えたであろう発言。












 あの続きをしてやる、と。












 それは、三途によって蒼助が連れ出されるまで二人の間で行われていた行為の続行の許可を自ら示したことを意味することであり―――――――自ら

墓穴を掘った愚行でもあった。

 いくら場の空気で思考回路が単調な動きしか出来なくなっていたとはいえ、あまりにも軽率な発言であったと千夜自身が痛いほどに理解していた。

 もっとも、あの場で後先など考える余裕など欠片も残されていなかったのだから、仕方ないといえなくもない。

 





 しかし。





 だが。





 けれど。





 それであっても。





 否定・対立の接続詞が、千夜の頭の回路をグルグル巡る。

 こうしてこの男が助かったことに比べれば、こんなことは些細なことでしかないのに、戻ってきた理性はそれで済ませることを良しとしなかった。

 

「…………はぁ」

 

 俯き、深い溜息。

 目が覚めたら忘れていてくれないだろうか、と微かな希望を目の前で眠る男に向けてみるが。

 

 …………ない、な。

 

 希望を自ら掻き消し、再び息を吐く。

 何せ、復活第一声が「本当だろうな」だ。

 餌に食いついて釣れたのなら、釣れた魚は恐らくその餌を食い尽くす気でいるはずだ。

 蒼助自身にとっては大事なこと。なら、忘れているなどという希望は早々に捨てるべきだ。

 

 そうなると、残る問題と今後の方針は同じだ。












 ―――――――この、交わしてしまった『約束』をどう処理するか。













 難関だった。

 千夜はかつてこれほどまでに困難な壁にぶつかったことはないと自負し、表情を一層険しくした。

 

 正直のところあんな発言をしておいてなんだが、物凄く気が進まない。

 出来ればなかったことにしたい。

 むしろなればいい。

 

「って………そんなこと言っていても仕方ないだろ。………ああ、くそっ……」





 問題は―――――――この約束をどうするかなのだ。




 いっそのことシラを切って無かったことにしてしまえればいいのだが、蒼助がそうはいかせはしないだろう。

 何より『約束を破る』という選択が、千夜には受け入れがたい。

 例えどんな約束であろうと、宣言を覆すことは千夜の信念に反する。

 

「………落ち着け、俺。何でこんなに意識する必要がある………ようは、コイツが思っているような感覚で捉えなければいいんだ。

最初の時……そうだ、あの時と同じことをするだけだ。……何の問題がある。」

 

 考え方を変えてみた。

 最初の時―――――――蒼助と出会った時に形式的にとはいえ一度はしている。



 あの時は薬を飲ませるための行為として、何の違和感も躊躇も抱かずに出来た。

 ならば、今回も同じだ。







 ただ、するだけ。

 そこには何の深い意味もない。







 過去を振り返ってみれば、そういった状況は何度もあった。

 大抵は相手が酔っていたり、止むを得ない状況下であったりで、そこに恋人同士がするような意味合いが感じることはなかった。

 しかも、いつもされる側だった。

 そうだ。

 いつだってサラリと流せた。

 

「そうだ、してしまったものは仕方ない……………約束を果たす為だ」

 

 上手く意思を丸め込むことに成功した。

 そうと決まればさっさとしてしまおうと、決意づく。

 いっそのこと寝ている間に済ませてしまえ、と。

 

 決意の勢いに促されるような形で、千夜は椅子から立ち上がり、蒼助の元に更に近づく。

 顔を両脇に手を置き、寝息を立てる男の顔を見下ろした。

 それは、千夜に一つの事実を気づかせた。





「………意外と、睫毛長いな」





 見ているうちに、まじまじと蒼助の顔を鑑賞するようになった。

 そうして、一つ一つと新たな発見を拾っていく。





 スッと通った鼻筋。

 鋭い目つき。

 形のいい薄い唇。

 生えそろった眉毛。

 歪みのない輪郭。





 今までじっくりと見る機会も時間もなかった故に気づくことはなかったが、改めてみると―――――――蒼助という男は『美形』と呼ぶに相応しい

容姿端麗さを備えていた。

 切れ長の鋭い目が、細く見られがちの美形によくある頼りなさを払拭し、野性味を醸し出している。

 単なる鑑賞物としてのそれではなく、【男】としての魅力がそこにあった。

 

「………なるほどな、これは女が好きそうな顔だ」

 

 これなら、女が腐るほど寄ってきても文句のつけようがない。

 この男の寵愛を得ようと、どれだけの女が醜い争いに身を投じたのか。

 

 だが、報われないことにこの男が「好きだ」と口にしたのは、そんな戦禍から遠く離れた場所にいた自分にだった。

 

「どうして……」





 どうして自分なのだろう。





 女にもなりきれず、男を捨てることもできない中途半端な存在が良いなどと世迷い言を言ったのだろうか。

 この男の気を惹くような真似などした覚えはない。

 自分の【女】など所詮取り繕っただけの偽りであって、決して本物の女が出せるそれには及びもつかない。

 多くの女を知ったこの男なら、それがわからないはずがないのに。

 

「っ………どうでもいいことだろうが」

 

 理由が何にせよ、この男の気持ちに応えられるものを自分は持っていない。

 それよりも、今すべきことは面倒を一つ片付けることであった。

 

「………よし」

 

 腹は決まった、と意気づく千夜は早速行動を起こした。

 覚悟を秘めた眼差しで目標を捉え、







「…………」







 徐々に顔を下ろしていく。







「………………」







 吐息が顔にかかる距離まで間は縮まった。

 が、そこで止まる。







「……………………」







 静止。







「…………………………」







 静止。







「………………………………」







 静止。







「……………………………………」







 ―――――――







―――――――っっっ!!!」







 突然、バッと顔を上げてそのまま後ろの壁まで後退し、反転して突っ伏する。



 酷く思い詰めた表情で、

 

「………ダメだっ! ………どうしても出来ない、つーかしたくないっっ……!!」

 

 

 心底嫌そうに千夜がそう吐き捨てたその時、

 

 

 




―――――――っっっだああああああああっ! いい加減腹くくれよ、それでも元男かぁ!!」 




 

 

 

 寝ていたはずの蒼助が、耐えかねたようにベッドから跳ね起きた。









 ◆◆◆◆◆◆









 その瞬間、空間に重苦しい沈黙が発生した。

 あ、と蒼助は自分の行動が己を危機に追い込む結果となったことに気づくが―――――――もう遅い。

 

「………お前、ひょっとして起きてたのか?」

「…………え、と」

「………いつから?」

「……あ、いや……割と前から」

「………何処から?」

「……部屋に、入ってきたあたりから……………………あは、あはは……」





 途端、顔の横を突風が突き抜けた。





 無表情のまま千夜が打ち出した拳が繰り出したものだった。

 危険を察した本能によって蒼助は、皮一枚と引き換えに死の一撃を免れる。



 が、それは何を逃れることに結びつきはしなかった。

 

「お、落ち着け! 冷静になれよ!」

「落ち着け………? 何を言っている、至って冷静だ。………冷静に判断している―――――――犯した過ちは正さねば、と」

 


 目がマジだ。




 やばい、と蒼助は自身の生命の危機に摺るように後ろに交替するが、

 

「おわっ」

 

 誤算なことに、後ろに続くものはなく蒼助の身体はベッドから転げ落ちた。

 

 ―――――――ドタン!

 

 床を打つ音が響いた。

 

「馬鹿、何をやって………」

 

 あまりに間抜けな行動に、怒りも冷めた視線で呆れたように呟く。

 しかし、すぐに復活するとばかり思っていた千夜の予想に反し、蒼助の身体は一向に反応を示さない。



 ぴくりとも動かないその様に、千夜は嫌な予感を感じた。

 

「………蒼助?」

 

 試しに呼んだ声にも反応は返ってこない。



 予感は更に募った。

 まさか落ちた拍子の打ち所が悪かったのか。



 千夜は衝動的に反対へ回り、倒れる蒼助の元に駆け寄る。

 

「おい、しっかりしろっ。大丈夫……」

 

 しゃがんだ拍子を見計らったように伸びた手に腕を掴まれ、引っ張られた。

 強い力と不意を突かれたことが要因となり、抗いを行動にすることは出来なかった。

 気が付けば、されるがままに仰向けの身体の上に顔から飛び込み、顔を立派な胸板に押し付ける羽目になっていた。

 

「うっし、確保」

「…………ヲイ」

「まぁまぁ。落ちたのはマジで事故だぜ? それに落ちた関係なく身体は背中だけじゃなくて、頭っから指先まで動かすと死ぬほど痛い」

 

 胸に伏して低い声を漏らす千夜を宥めるように、蒼助はそのなだらか背中を撫でながら笑う。

 千夜は、呆れて息を吐いた。

 そういうことなら、今こうして己の背中で行われている動作も痛みを伴っているということになるのだ。

 

「馬鹿。だったら、今すぐ止めて離せ。じっとしていればベッドに戻してやるから……」

「ヤダね」

「………聞き分けろ。お前の身体は、許容範囲を遙かに越える酷使によってあちこちガタが来ている。全身の極度の筋肉痛はそのせいだ。

だから、しばらく安静にしていないと肉体の疲労が回復しない。………あとで三途の霊薬をやるから、早く腕を……」

「…………なぁ」

 

 まるで千夜の言葉など耳に入っていないかのように、蒼助は己の言葉を口にした。

 

 

 

―――――――俺は、ここにいるか……?」

 

 

 

 突然の問いに、千夜はその意味を理解しかねた。

 決して難しい理論でもなんでもない単純で、単調な言葉。

 だが、この状況でそれはあまりにもミスマッチな具合だった。

 当たり前のことを問うその理由が、わからない。

 

「………蒼助?」

 

 顔を上げようとするが、背中を撫でていた手はいつのまにか千夜を拘束するように強く抱きしめていた。痛いほどに、強く。

 

「あのワケわかんねぇのに身体乗っ取られた後……真っ暗な何も見えねぇ水の中に一人で沈んでて……もがいてももがいても、何も見えない。何も聞こ

えないし、すごく息苦しい。………最初はあった恐怖感も感じなくなって………だんだん何もかもどうでもよくなって抵抗すんのも止めた。だってよ、

自分が生きてるかどうかすら曖昧になってきてたんだぜ………? 俺がすること何もかもが意味がなくて、何の成果もなくて………しまいにゃ俺に

とって何が現実で何が夢なんだかも………わからなくなった」

 

 吐露するたびに胸にその想いが突き刺さるようで、幻の痛みに千夜は腕の中で顔を歪めた。

 

 闇、とはそういうものだ。

 それらが奪うのは視界だけではない。

 精神から常識を塗りつぶし、孤独という『無』となって精神を犯していく。

 侵食。崩壊。そして最後には何も残らない―――――――在るのは、理性や思考などの他に存在するモノ全てを食い尽くした『無』だけ。

 

 そこへ至るための道。



 まずは『苦痛』、もしくは『恐怖』だ。

 肉体に与えられる苦痛よりも、実際は精神に与えられるそれの方が遙かに耐え難いのを千夜は知っていた。

 そして、肉体に与えられる痛みを感じるのも、また精神である。

 結果的に全ての痛みを請け負うのは精神なのだから、そこを責められることがどれだけの苦痛であることか。

 人が痛みから逃げるために自棄になり生きることすらも放棄するのも、珍しくない。

 恐怖から逃れようとするためにすることも、また同様に。

 

 次に『崩壊』。

 

 苦痛と恐怖にあっさり屈して崩壊する者がいる

 逆に痛みを乗り越えた先に行こうと耐える者がいる。

 だが、いくら乗り越えようと待つのは更なる絶望であること知り、結局は打ちのめされてしまう。

 崩壊していくのは、精神を構成するモノ。

 理性。知性。人格。感情。思考。記憶。

 全てが飲み込まれ、崩れ落ちた先にある最期。

 

 それが、終わりにして最後となる『無』だ。

 

 話に聞くだけでも蒼助は第二段階まで追い詰められていたということが汲み取れる。

 危うかった。

 あともう少し遅れていたら。

 想像するだけでも、背筋が寒くなる。

 

「でもよ………もう何もかんもがグチャグチャになりかけたところで―――――――押し留まれた」

 

 思考しながら蒼助の言葉を聞いていた千夜は、重い内容がやや方向を変えるのに眉を顰めた。

 

「声がさ、聞こえたんだよ。……お前の、声が」

 

 とても嬉しげに蒼助は言った。

 諦めの境地に立たされた時、何も聞こえなかった場所で確かに響いたのは―――――――この愛しい女が叫ぶ自分の名前だった。



 途端にそれまでが嘘のように気力が戻り心が滾った。

 現実と夢の境界線が己の中に再び敷かれ、再びもがいた。



 より強く。より激しく。



 何故なら、今度は闇雲にではなかった。

 千夜の声が一筋の糸となって、確かな道を導いた。

 

「お前が思い出させてくれたんだよ。俺の"現実"を………現実そのものであるお前が。だから、感じたい。お前の存在をこの手で、この身体で、感じ

たい。………俺がここにいるっていう証明を、させてくれ」

 

 熱烈な口説き文句のような言葉が並ぶ。

 普通の女ならこれで陥落するだろう。



 だが、千夜はそうではなかった。

 頬を赤らめることもなく、ただ目を伏せた。

 

 言葉を紡ぐ声に感じる微かな震え。

 千夜は、それを感じ取っていた。

 

 この男は不安で仕方ないのだ、と内心にて思う。

 ここを、まだ現実として信じ切れていない。

 何がこの男に一番なのか、と考えた瞬間、千夜は動いた。

 

「………少し、腕を緩めろ苦しい」

「あ、悪ぃ」

 

 ほんの少し、力が緩む。

 千夜は、身動きが可能となったその瞬間をすかさずモノにした。



 ずるり、と身体を蒼助の上で這いずり、上へと押し上げる。

 少し上半身を起こした。

 



 そこに深い考えはなく、それは衝動に動かされての行動であった。

 

 

―――――――

 

 

 蒼助の顔に千夜の顔が被さる。



 唇が落とされた。

 

 落ちた先は、重なる合うことになるであろう地点から僅かにずれた場所であった。

 僅か二、三秒ほど続いたその状態は千夜が離れたことで終わる。

 

 ポカン、と呆気とられた顔をした蒼助の視線と合う。

 

「………実感できたか?」

 

 コクコク、と頷く反応を見て千夜は満足した。

 同時にこれで約束からも開放されたわけで千夜にとっては一石二鳥である。

 

「いや、出来たけど………また何つー微妙なとこに」

「…………」

 

 人の精一杯の譲歩を無駄にするこの阿呆をどうしてくれよう、と千夜は内心ムカつきを募らせた。

 とりあえず、相手が療養しなければならない身であることを理性の要とし、殴りたい衝動を抑える。

 

「……起きれるか」

「立つのはちょっときつい。肩、貸して」

 

 なんとか自力で上半身を起こすまでは出来た蒼助は、手を伸ばした。

 伸ばされた手を受け取るように肩に回させ、千夜自身のそれよりも一回りも大きいガタイのいい体つきをした重みをなんとか立たせる。



 男の自分でも及びのつかない男臭さ漂う肉体を肌に感じながら、こういうのになりたかったんだよなぁ、と本気で羨ましく思った。

 それに引き換え、と長くしていた髪と生まれもった女顔のせいでよく女と間違われていた嫌な思い出が甦り、気分が暗くなる。





 そんな時だった。





―――――――隙アリ」





 そんな言葉が聞こえたかと思えば、突然強い力が腕を担いだ方の肩にかかり体が傾いたかと自覚した次の瞬間。

 何故か自分がベッドの上にいて、その上に本来ならいるはずの男が覆いかぶさっていた。









 ◆◆◆◆◆◆









―――――――なんですって? ………もう一度言ってください」




 三途の地獄の底から響くようなとてもつもなく低い声が、ドロリと空気に流れた。





「やーね、三途。アンタまだ二十代前半のくせにもう耳が遠いの?」

「約四世紀年齢詐称ゴスロリババアが、あまりにも理解しがたい発言をヘタな日本語でほざいたもので。つーわけでもう一度言ってください」

「ふふっ………鼓膜の張りが緩くなった耳に届くように、もう一度言ってあげる。

 ―――――――だ・か・ら……彼を【神狩り】にしようっていうのよ」





 ―――――――ダンっ!!





 その瞬間、黒蘭の繰り返した言葉を掻き消さんばかりの勢いの大音と大音声が響き渡る。





「馬鹿も休み休み言いなさい、黒蘭っっ!!」





 テーブルに両手を叩きつけ怒声をあげる三途に、黒蘭はあくまで冷静な言葉を返す。

 

「もう、頭ごなしに怒鳴りつけないでよ。向こうでは、怪我人が寝ているんだから」

 

 一応は正論であるその言い分によって若干頭の冷えた三途は、やや声を抑えながら、それでも尚怒りを納めきれないまま、

 

「っ………自分が何を言っているかわかっているんですか? 今、貴方は途方もなく無茶な意見を主張しているんですよ……?」

「無茶なもんですか。出来るったら出来るわよ」

「何処がですか!!」

 

 再び怒声。



 しー、と口に人差し指を当てて「静かにしろ」の形をとる黒蘭に三途は一度、押し黙り、

 

「………無茶に決まっているでしょう。大体、あれは【真神】の人間だけが持つ………貴女の血族だけが成れるモノ………そうじゃなかったんですか」

「違うわよ」

「………は?」

 

 あっさりした否定の返事に三途は思わず惚けた声を漏らした。

 

「違う違う。アンタもまだまだ()()の定義ってものが、理解できてないわねぇ。………あんなの、【血】如きでどうにかなってなるものですか」

 

 出来の悪い子供を見るような色を視線に含ませながら、黒蘭は続けた。

 

「まぁ、ここでそれについて云々語る気はないけど………一つ教えてあげるわ」

「………なんですか」

「真神の定義……それは―――――――私よ」

 

 恥ずかしげもなく言い切った。

 

「私の眼に適った者が【真神】に成り得るのよ。情けないことに勘違いしてる馬鹿は腐るほどいるけどね…………昔、人形を【神狩り】にスカウトして

引き入れたこともあるのよ? そいつは本当に血も何の縁のない奴だったけど、今じゃ上から数えた方が早いところにいいるわ。………だったら、彼と

今日闘ったアンタなら理解できるでしょ?」

「………何を、言っているんですか。彼自身は……普通の人間じゃないですか」 

 

 三途が闘ったのは、蒼助そのものではなくその内に巣食っていた別次元の存在だ。

 その呪縛から解き放たれた今、彼はもはや普通の人間。

 微弱な霊力しか持たない脆弱な存在でしかない。

 

 三途はそう言い含めていた。

 だが、黒蘭はそれに納得した様子は欠片もなく、

 

「普通、ねぇ………」

 

 その言葉の一字一句噛み締めるように呟いた。

 まるで意味を確認するように。



 そして、





「あと数分ってところね。その時は普通……どころか、―――――――"人間"って言えるかどうかも微妙よね?」

 

 

 その瞬間を待ち焦がれるかのように、黒蘭は楽しげに言葉を零した。

 

 

 













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