機関銃の乱射。







 相手の攻撃は勢いはそれに等しい激しさだった。







 数える暇など数の光弾の飛来。

 その一つ一つの差異の速度は僅かしかなく、殆んど同時に着弾しているような錯覚さえ感じさせる。



 激しい責め立てに千夜の足場は見るも無惨に抉られていく。

 避けても遠隔操作が効いているのか、不発の弾は追尾に行動を移る。




 

―――――――っち、変化球もアリか」





 舌打ちと共に、通り過ぎて背後から曲がり向かってくる追尾弾を切り裂く。

 断裂、という構成の破壊により行き場のなくなった霊質粒子はそれぞれ制御を失くし、暴発し合い誘爆する。

 背後の爆風の勢いを助走に、再び回避の疾走が始まる。





 ………弾切れは……期待出来しない方がいいか。





 厄介な【銃】だ。

 物理的な弾丸を使用するそれなら、弾切れを待てば自滅するのを待てばいいが、この【銃】はそうはいかない。

 なにしろ、大気中に弾の構成の素になる原料が溢れ満ちている。

 期待なんてものを抱く方が間違っている。





 ………しかも弾は例えるならミサイル、遠隔操作付き。それも多数。





 これだけの数を秒速で発生させるだけではなく、同時操作もこなすのは並大抵の技量ではない。

 少なくとも、人間の寿命程度の時間を費やしたぐらいではここまで到達するのは不可能だ。

 

「ああ、面倒だっ……っっ」

 

 爆音の中での千夜のぼやき声は掻き消された。

 土煙の中、垣間見えた蒼い人影に眼を細める。

 

「ちっ、一歩も動いてないな………楽で結構だな、術士系は」

 

 生半可な三流程度なら、術を放った後の無防備な状態を突けば一撃で終わる。

 術士の最高位の土御門や葦谷の領域の実力だとそれはなかなか難しいことだが、目の前のコレは―――――――難易度最高潮と言ってもいい。

 術士は術がなければ只の無能。



 しかし、術があり、それも十八番(スペシャリスト)の領域まで達しているのなら彼らは―――――――無敵だ。




「しつこいな……」




 避けても追って来る。

 破壊しても次が控えている。



 キリがない、とはまさにこの状況を言う。

 千夜は、いつまでたっても防戦一方を維持し続けることを強いられる戦況に、そろそろ苛立ちを募らせていた。



 長期戦は嫌いだった。

 もとより一瞬で終わらせるなどと思っていなかったが、たらたらいつまでも不毛な時間を続ける気も千夜には更々なかった。



 そんな千夜の苦戦を男は挑発するように笑った。




「どうした、貴様の後手ではなかったのかっ!」




 男の張り上げる声が、爆音と光弾の風を切る音に入り混じって千夜の耳に響く。





 …………言ってくれるじゃないか。





 その科白は、見事に千夜の神経を逆撫でしてくれた。

 同時に、それは温存していた考えを変えさせた。

 

 術士の弱点である術発動後の隙。

 攻撃の回避の中でそれが現れるのを根気よく見測っていたが、千夜はその攻略法を切り捨てた。

 そして、次に移った行動は―――――――【停止】だった。

 動きを止めた的に複数の光弾は向かう先を一つにして、集うようにあらゆる角度と方向から軌道を描いて、接近。

 

 千夜の行動に、その場にいた全員が眼を見張った。

 一瞬でも止まれば命取りであることは、誰もが理解していたが故に。

 しかし、それを一番わかっていたはずの千夜の行動は誰にも理解できなかった。





 着弾が刻一刻と迫る。




 動けない者も、動ける者も、その瞬間から目を離せず、動けなかった。













 そして―――――――









 ◆◆◆◆◆◆









 三途は、その光景にただただ唖然とする。

 着弾の瞬間に心臓の動きが止まった錯覚を覚えた直後、着弾した全てが起こした爆発による誘爆と、それが起こした土煙に千夜の姿は呑まれて視界から消えた。

 

 言葉が出ない。

 喉から込み上げるのは、あ、あ、と言葉には及ばない呻き声という破片のみ。

 衝撃の大きさに、身体と精神が立ち直ることが出来ないのだ。

 三途が、なんとしても避けたかった【光景】の顕現が与えたものに。

 

「うそ、っ」

 

 ようやく形を成して漏れた声には、泣きが入っていた。

 見開いた目に涙が滲み始めたとき、





―――――――ほー、なるほどなぁ」





 緊張感をぶち壊す志摩の科白が、辛うじて理性が残っていた三途の耳に入り込む。

 その声色は、何故か感心を含んでいた。

 

「やっぱ、あそこの戦闘教育は凄まじいわ。………なるほど、そう行くか」

「………志摩さ、ん?」

「戦闘のプロフェッショナルは違うわな。いかなる状況でも自分の活路を開く術を考えてやがる。………頃合的には、あと五秒が最適か?」

 

 放心状態から立ち直れずにいる三途には、志摩が何を言っているのかわからなかった。




 だが、わかることは一つ。

 志摩は自身とは異なり、絶望していないということ。




 それは即ち―――――――




「カウントしてみるか……3……2……1……」






 ―――――――ゼロ。






 志摩が口ずさむカウントは終わりを切った。








 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――"断てぬものは無い"」

 

 

 

 

 

 

 もう聴こえるはずがない、と三途が思い込んでいた『声』が耳に凛と響く。









 その瞬間、千夜と蒼髪の男がいた周辺一体を覆い隠していた土煙が―――――――"二つに割れた"。










 それは爆発の発生源であった場所。

 千夜がいた―――――――場所。










―――――――っあ」

 

 三途の頭は再び真っ白になった。

 しかし、二度目のそれに絶望は伴われていない。

 現れた【存在】は三途の内から絶望を跡形もなく薙ぎ払った。

 

「でも、どうして……」

「ショックで腑抜けてさっき言った説明全部吹っ飛んじまったのかよ、三途。あの刀は主の要求を絶対のものとして顕現させる。【自分の体に傷一つ付けるな】って要求も

勿論可だろうよありゃ。そして、それも決して防御の為だけじゃない」

「………え?」

「見ろよ、さっきまで嬢ちゃんをしつこく追い回していたミサイルもどきの光弾は何処行った? ………そういうことさ。嬢ちゃんは全て受けることで自分の攻めを封じる

邪魔モノを全部除けちまったんだ。そして、最後が爆発を利用したあの土煙による煙幕。………これによって嬢ちゃんは欲しがっていたものを自分で作り出し、手に入れた

のさ……。



 ―――――――アレを見ろよ、三途っ!」




 志摩の促す声に引かれて、三途は視線を再び闘争の場へと戻した。




 そこには―――――――









 ◆◆◆◆◆◆









 その挑みは、賭けに近かった。





 もし相手がこちらの出方を既に読んでおり、対策を練っていたら全てに無駄になる行為だった。

 だが、戦闘とはそういうものだと千夜が常に覚悟は出来ていた。



 前情報がある敵との遭遇はほんの稀にあることで、戦いとは常に未知の相手と相対することであるという認識が既に思考に置いてあった。

 勝つ事は、相手の読みを上回ることを意味する。

 常に相手の予想を上回り、欺くこと。

 それが勝機に繋がる道だ、と己の師から教わったことを千夜は脳裏に反映させた。



 言われたとおり、いつだってそれを通してきた。




 そして、今も―――――――






 ………ここまで予定通り。





 土煙は辺りを充分なまでに濃く充満している。

 距離も充分な離れ具合だ。

 これで自分も視界は一切利かなくなったが、向こうも同じ状況であることは変わりない。



 そして、こちらの姿を隠すことも出来た。




 ………あとは。




 こちらの存在に向こうが気付いていないか。

 そして、タイミングだった。




 ………そうだ、ここを外したら意味がない。




 気付かれていないことを重要であるが、後者も同等、もしくはそれ以上だった。

 向こうの油断が最高潮に達し、【完全な無防備となった瞬間】が、千夜のこの策においての最大の狙いを成功させる鍵であった。

 この瞬間を外してしまっては全てが水の泡となる。




 ………見積もって、5秒か。




 自身の中で測定した時間のカウントを始める。




 ………4秒。




 正面に夜叉姫を構え、握る力を強める。




 ………3秒。




 視線は、煙幕に遮られた前方にいるはずの存在に向ける。

 目標がそこにいることを祈り、




 ………2秒。




 勝負は一度。

 これで全てが決まる。




 ………1秒。




 息を吸い、肺に送る。

 命令を相棒に告げる為に。


















 ………―――――――ゼロ。
















 一句一字を確かな声色を持って、【発現】させる。






―――――――″断てぬものは無い″」






 同時に夜叉姫を振り上げる。

 響く了解の返答。






―――――――御意』






 命令を受け取った直刀は忠実に実行し、まず―――――――"空気を切り裂いた"。

 そして、






 ―――――――軌道上の大地をも。






 千夜の足元から生じていく地面の亀裂と共に、視界を妨げる土煙を切り開く。

 開けた視界がまず望んだのは、正面にいるはずの【かの存在】の直視だった。




 賭けの勝敗の瞬間だ。




―――――――なっ、」




 驚愕に滲む声がその姿を捉えたと同時に鼓膜を打つ。

 千夜は口端を吊り上げた。



 男は爆発前の立ち位置から微動だもせず、そこにいた。

 不安定な視界の中、敵の姿も確認できない状態で動くことほどの愚行は他にない。

 

「………かかったなっ!」

 

 土煙は完全に千夜と男を繋ぐかのように隔たれ、大地の亀裂と共に進む【断】の概念は寸前まで迫った。

 しかし、寸前で止まる。






 阻む【モノ】があった。






「っ、【概念防壁】か」





 カミのみが使える概念使用。





 だが―――――――千夜の笑みは崩れない。





―――――――だと思った」

 

 それは千夜にとって想定内の事象であった。

 

「夜叉、どうだアレの手応えは」

『測りかねます……なにぶあの者の波長は何処か不安定であります故』

「……不安定、か。それでいてこの強固さか……」

 

 刀を持つ両手が震えるほどの手応えと反発が、千夜に隔てる障壁がどれだけ強固なモノかを知らしめる。

 破ることは難しいことは考えるまでもない、とすぐに理解した。





「だが、お前なら出来る………"出来る"さ。

 ―――――――そうだろう!?」

 

―――――――それが、主様の御所望とあれば』





 揺るぎのない夜叉姫の返答が返された時だった。




 ビシ、と硬質な破砕音が千夜の耳に届く。

 それは今、千夜が突破せんと相対する【モノ】が発した崩壊の兆しを示す音色であった。 





―――――――来たか。…………っっあああああああああ!!」

 

 絶叫に煽られたかのように夜叉姫の顕現する概念は強さを増す。





 そして、














 ―――――――硬く砕ける崩壊の音がその場に響いた。









 ◆◆◆◆◆◆









「概念防壁を破った!?」

「だから言ったろ。ありゃ、反則武器なんだって」

 

 信じられないものを目の当たりにした、という驚愕を露にする三途に応えつつ、志摩は思った。



 ここまで理論上通りだと。






 自らの組み立てた未来予想図が近づく気配を感じていた。



 しかし、それと同時にもう一つの別の感覚を志摩は己の内で抱えていた。

 

 それは、何かもがうまく行き過ぎているという違和感だった。

 

 先程自分が言った言葉を思い出す。







 ―――――――理想と現実は必ずといって良いほど、どっかで噛み合わなくなる。何処かで生じる想定外の事態の発生によって。








 我ながら良い事言ったな、と自賛する。

 決して見当違いな発言ではないはずだ。

 過去の自分の経験と、目にしてきた数多の光景が志摩に絶対に近い自信を持たせていた。

 

 それよって、誤算は必ず生じるはずであると志摩は勘繰っていた。

 しかし、それは今に至るまで未だ現実として現れない。





 ………おいおい、どうすんだよ黒蘭。





 自分の推測が間違っていなければ、黒蘭は【あの男】も物語のキャストに入れるつもりでいるのだろう。

 だが、このままでは黒蘭自身の言うところの『期待ハズレ』な展開に向かってしまう。

 それとも自分の推測が間違っており、外れているのか。

 

 このまま行けば、千夜は己の策の最終段階へと移る。

 そこへ上る手筈は既に為された。



 後は―――――――恐らく、玖珂蒼助の身体から【あの男】の存在を切り離すだけだ。

 それで、救出の対象である蒼助が無事で済むか否かははっきりと断定は志摩にはできない。

 少なくとも未然である今の段階では。

 

―――――――終わりだっ」

 

 耳に届いた声が志摩を物思いを世界から現実に引き戻した。

 間合いを一気に縮める千夜の姿があった。



 蒼髪が再び概念防壁を構成する前に片をつける。

 これが千夜の狙いだったのだろう。



 概念防壁は、守りの概念の中で最強の守備だ。

 だが、強力である反面一度壊されれば再構成までに時間がかかる。

 千夜はこれを知っていて、そこに勝利への活路を見出したのだ。

 両手で握り、振り被った夜叉姫でこの闘争に終止符を打つ気でいるのは、考えるまでもないことだ。




 志摩は、己の予想図(パズル)の完成があと僅かで成されてしまうことに得体の知れない脅威を感じた。




 厭な予感、と過去に多く体験し呼んできたそれを。

 この予感の到来は、多くの前例の際では予想が成り立つ寸前にいつもやってきた。










 この状況で何が。

 今になって何が。

 

 

 

 ………どんなドンデン返し起こるってんだ、ああ?

 

 

 

 この場を何処かで傍観しているであろうかの存在に、届かない問いを投げた。

 もはや他の展開へと予測は、志摩には不可能であった。

 

 

 

 何故なら、終結となるであろう千夜の振り上げた一刃は既に蒼髪の男に振り下ろされていた。


















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