渋谷一の規模を誇る代々木公園。
そこに変わらぬ平穏が存在し、中央広場にはいつものように一般人が訪れていた。
そして、
「まいどありー」
という店主の声に見送られ、蒼助は二つの香ばしい濃厚な香りを立ち上らせる温かなたこ焼きを収めたプラスチックパックを両手に、連れを待たせているベンチへと向かった。
「どうぞ。熱いから気をつけて下さいよ」
「ありがとう」
三途が座る隣に腰を下ろす。
前方には水面から噴きあがる噴水。
そして、すっかり散ってしまったソメイヨシノの木。
それを眺めながら、蒼助はそれとなく呟いた。
「桜がもう少し辛抱強ければ、桜眺めながら喰えたんすけどね」
「そうだね。……そういえば、今年はまだ花見に行ってなかったなぁ。残念」
気落ちしたように唇から漏らし、代わりにタコ焼きを一つ放り込む。
「ん、このタコ焼き美味しい」
「最近ここらで開けるようになった店なんですよ。なかなかいけるでしょ?」
そう言って味に満悦する三途に続いて、蒼助も手をつける。
昼飯を食べていないことも手伝って尚美味しく感じた。
しばらくそこで会話は停止し、二人は互いに食べる事に徹した。
そして、蒼助のタコ焼きがあと三つばかりとなった頃、
「ねぇ、蒼助くんって…………」
「なんすか?」
「千夜のこと、好きだよね?」
ブフッ。
遠慮のない突きに、蒼助は噛み砕いていたタコ焼きの残骸を思わず噴き出した。
一部が器官に入り、咽せ返る蒼助の肩を三途は軽い調子で叩く。
「あはは。今更な反応しなくても。結構前から気付いてたよ?」
「い……げふっ……いつから」
「ん? 君が最初に店に来た時」
って、最初からじゃねぇか、と閉じた口の中で毒づく。
「その時は自覚なかったでしょ? 次に来た時はもうあったみたいだけど」
「そこまで観察してたんすか………」
「こういう世界にいると人を見る目は大事でね。それに……あのコに向かう思惑は、より用心深く観察するようにしてるから」
後半の台詞に何か含みを感じ、ずっと尋ねる機会を見計らっていた「疑問」の解消に試みることにした。
「あの、ずっと聞きたかったんですけど………いいですか?」
「何?」
ごくり、と唾を呑み下し、意を決して切り出す。
「………アイツとはどういった関係なんですか?」
一瞬の沈黙。
次に訪れたのは三途が放った噴き出すような笑い。
「ぷっ……あはははっ! ……何それっ」
「そんな、笑う事ないっしょ。………気になるじゃないですか、好きなヤツと親しげな人間のことって」
そんなに笑われては、言った自分がとてつもなく恥ずかしくなる。
言わなきゃよかった、と後悔が滲み始めていた蒼助に、腹がよじれるほど笑って目に涙を滲ませた三途はハァ、と一つ息を付き、
「んー……いいよ、恋する少年。………そうだね、どういう関係か………いざ問われるとどう言い表せば良いんだか。………ぶっちゃけた話、奇妙な縁だったと思うよ」
と、それとなく呟く三途の視線はその一瞬、ここではない景色に向いたように蒼助には見えた。
「……もう二年の付き合いになるかな。きっかけは……私の店に依頼人としてあのコが訪れたことから」
「依頼人?」
そ、と短く相槌を打ち、
「私ね、商人以外にも裏家業もやってるんだ。いわゆる便利屋ってやつ」
また肩書きが増えた。
「でも、あんた隠れてるんですよね? あの店結界で外から招かれないと中に入れないし、どうやって仕事してるんすか?」
「メールで請け負ってるんだ。というより、予約? 正式な依頼はそれを受け取ってから直接来てもらう、というのが………普通なんだ
けどね」
「と、いうと………?」
何かの含みを感じ、先を促す。
「あのコはね、何処で聞きつけたかは知らないけど私の店探し出して、アポなしで直接この店にやってきたんだ」
「あれ、でも結界は……」
「それをあっさり力づくでぶちこわして、だよ」
「………」
開いた口が塞がらないとはこんな状態をいうのだろう、と唖然としながら蒼助は自分の状態を評した。
あまりにも常識はずれで無茶苦茶過ぎる。
「生き別れの妹を探してるっていう……まぁ、何処かで聞いたような話をふっかけられてね。今思い出しても、大分無謀で危険度の高い依頼内容だったなぁ。………何せ一組織を潰すなんて久々だったから緊張したよ」
この人も大分普通とはかけ離れたスケールを持った人間だ、とこの先まともな答えが出てこないと踏んだ蒼助は、もう細かいことにこだわることは止めた。
「依頼遂行の後ね、これからどうするのって聞いたら………わからない、なんて言うから見ていられなくてね。………本人は遠慮していたけど、ウチにおいでって誘ったんだ。プライベートの付き合いはそこから、ね」
「ひょっとして………あの高そうなマンションも……」
「最初はウチで暮らしてたんだけどね。……いやー、あの中が構造でしょ? 半年もしないうちに猛烈な抗議を受けて、しょうがないからあのマンションの一室を私のポケットマネーで買い取ったの」
安アパートでいいって言われたけどやっぱりねー、とコロコロ笑う三途に苦笑を浮べるしかない。
「………面倒見のいい人だな、アンタ」
「ん? そんなことないよ」
「何処が。知り合って間もない人間にそこまで世話するような奴、あんまいねぇぜ」
同居や高級マンションの一室を買い与えるなど、よほどの懐の大きな人間でなければ出来ない行為だ。
やだなぁ、もう、と照れたように三途は顔を赤らめた。
「本当にそんなわけじゃないよ。………強いて言うなら、千夜だったからかな」
ふと三途の目が遠くを見つめた風になる。
「ちょっとバラすとね、―――――――さっき話したのは、本当は初対面じゃなかったんだよ」
「は?」
「あのコはまるっと忘れてるけど…………本当に初めて会ったのは、千夜が子供の頃なんだ」
まるでアルバムから引き出した写真を見せるように、蒼助に聴かせる。
「お父さんに抱きかかえられてね、まるでお人形さんみたいだったでさ。今じゃ、想像出来ないくらい、人見知りする子供で。……それでいて、一度警戒を解くとヒヨコみたいに後ろをついてきたりして………。私一人っ子だったから、妹みたいに思えて可愛くてしょうがなかったんだ」
それになにより、と切り出された直後、蒼助は口の中のタコ焼きを噴き出すことになる。
「好きな人の子供だったから」
「ぶっっ」
いきなりのカミングアウトに無反応で返せなど無茶な話である。
ややお決まり的なリアクションを取られた三途は、照れくさそうに顔を赤らめた。
「あはは………まだ若かったからねぇ」
そういう問題だろうか。
咽ながら、三途の意外性に驚きを隠せなかった。
大人しい顔して、と。
「まぁ、横恋慕って言ったら聞こえが悪いけどね。………好きになったのは私のほうが先だったんだよ?」
「い、いつからっすか?」
「私が四歳の時。いわゆる初恋ってやつだね」
随分根深いもののようだ。
三途は誕生日にプレゼントをもらったなど、その初恋の相手―――――――千夜の父親との思い出を語っていたが、そこにその恋人が絡んでくると浮かれていた表情が暗雲のようなそれになっていく。
「大体ねぇ、一目見た時から気に入らなかったんだよねぇ。わざとお茶引っ掛けても熱がりもしないし無反応だし……あれだけあの人が熱烈アプローチしてるのに、笑いもしない。まったく、あんな人間味の薄いのの何処がよかったんだが……」
思い出語りは、いつのまにか愚痴にすり替わっていた。
しかも、ところどころに陰湿さが目立っている。
引き攣った笑みを浮かべつつ、蒼助は何とか話しに乗っかる。
「……まぁ、相手の良さはそいつにしかわからないってのが恋みたいですから」
「へぇ〜。その口ぶりは自分にも身に覚えがあるみたいだね、蒼助くん」
「っえ、あ……まぁ」
言葉どおり覚えありまくりだった。
「まぁ、相手がどれだけ悪くても……どうしようもなかったんだ。悩めば悩むほど底なし沼みたいにどっぷり嵌まって行っちゃって」
「そうなんすよね。………止めとけって自分に自制かければかけるほど、止まんなくなって……」
はぁ、と溜息をつく蒼助に三途の問いが降る。
「蒼助くん」
「……なんすか」
「千夜のこと、好き?」
途端、蒼助は石像のように固まった。
顔色は、青かったり赤くなったりと目まぐるしく変わっている。
三途はそんな蒼助に後押しするようにもう一度、今度は強く問う。
「好き、だよね?」
ぐ、と蒼助は口から零れ出しそうな言葉をかみ締める。
先程は出そうとしても出なかった言葉が、肝心の伝えたい相手がいないこの場では自分から出ようとしている。
自分の感情の揺れ動きに呆れつつ、蒼助は我慢を止めた。
「………好きですよ、俺は……本気であいつが」
好きなんです、と最後に繰り返した蒼助を三途の双眸が見据える。
気まずげで、何処か照れくさそうな赤い顔の男を、三途は懐かしいものを見るような目で微笑ましげに見て、目を細める。
「そう………―――――――なら」
カチャ。
和やかだった空間に、不意に響く重苦しい金属音。
思考と表情の動きを止める蒼助と対照的に、三途は何一つ変わらぬ表情で告げる。
「―――――――死んで?」
まるで祝福を祝うように告げられた言葉と同時に、その手に構えた物質から銃声と鉛玉が放たれた。