確かに会いたいと思った。

 それは認めよう。







 だが、こんな形でまた会うことになると誰が想像しただろうか。







「…………」




 ちらり、と視線が揺れるたびに映りこむのは、蒼助の思考に居座る――――――――転校生。



 しかし、その女――――――――終夜千夜はここから後ろの方の席で七海と話しこんでいた。


 何かとお節介焼きの七海のことだ。

 隣の席のよしみで新参者にいろいろ教えてやっていたのだろうが、すっかり打ち解けている。




 ……ったく。



 人生何が起こるかわからないとは当にこの事だ、と蒼助は今回のことでつくづく思い知らされた。

 あれきりで終わると諦めていた矢先に、これだ。


 だが、どうする、と蒼助は思う。

 再会できたはいいが、どうやって接触するか。

 それが蒼助を悩ませていた。



 紹介の後、千夜は自分の指名された席に向かう途中、蒼助の席の通り過ぎる際にこちらをちらりと一瞥することもなく通り過ぎた。

 らしくもなく多大なショックを受けた蒼助は、



 ――――――――ひょっとしてひょっとすると、千夜は自分の事を覚えていないのでは? 



 そう考えた。


 通りすがりの相手などほとんど覚えている筈がないと考えるのは、行きずりの女の事もすぐに忘れる自分の常識からだった。
そんな相手に「よぉ、昨日はどうもな」と

言っても話にならない。

 そうして、そもそもこっちが覚えているのにどうしてそっちが覚えていないんだ理不尽だろ、と傍から見れば、どっちが理不尽何だかわからない事で悶々イライラし

始めていた時、




「そ・う・す・け・くん」

――――――――っ!!」




 突然、背後から耳に息を吹きかけられ、蒼助は椅子から転倒した。



「うわ、お約束だね」

「気色悪いことするんじゃねぇっ!」



 あはは、と笑うのは一人の女子生徒。

 くっきりとした黒眉を八の字にしてごめんごめんと全然申し訳なさそうに感じれなく謝る。

 カチューシャを取り付けた長い黒髪を胸元にさらさらと流すその様を見て、蒼助は呆れ返った。



「お前………二年になってもそれかよ」

「いーじゃん。似合ってるでしょ? 自分で言うのもなんだけどこれが男だとは誰も思うまい、ふっふっふ」

「何でお前が生徒会の一員に選ばれたんだろうな………」



 蒼助のぼやきを無視して渚は、



「それより、俺の気配に気付きないほどなぁにを熱心に見つめてたの?」



 とついさっきまで蒼助の視線が向いていた先を追う。

 辿り着きにんまりと眼を細め、



「はは〜ん、今朝から注目の的の美少女だねぇ? 同級生と下級生には興味無しの蒼助くんもさすがにあれはそんな枠を取り払って食指が動くのかな?」 

「何言って………」

「あ、七海ちゃんもいる。いいなぁ〜、七海ちゃんにあんなに積極的に話しかけてもらえるなんて……俺なんて抱きついたら間髪無しで切れの良いストレートかまされる

のに。何で?」

「己の行動の危うさを理解しとらんのか、てめぇは。で、わざわざ俺をおちょくりに来たってなら丸めて棄てるぞ」

「人を飛んで来た紙飛行機みたいに扱おうとしないでよ」



 右肩に手を置き、耳元に顔を近付けそっと囁く。



「マサが呼んでる――――――――依頼した仕事について話があるって」







 ◆◆◆◆◆◆ 







「ぬぁんだとってめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」 




 生徒達の安らぎで一時の昼休み、生徒会室から地の底から響くが如くの怒号が校舎内に轟いた。

 その張本人がそこから不機嫌を絵に描いた様子で出て来たのは、それから僅か一分後だった。







  

 ◆◆◆◆◆◆







 蒼助は隣に渚を連れ立って人通りの少ない第一校舎三階の廊下を苛立たしげな様子で歩いていた。



「ふざけやがって……報酬払わねぇわ、人のプライバシーを蔑ろにするわ……何処まで外道でいやがるあの陰険眼鏡っ」



 陰険眼鏡こと――――――――【氷室雅明】。


 渚を使いに来させ蒼助を呼びつけた相手であり、仕事を依頼して来た依頼人でもある男のこと。そして、蒼助を不機嫌不快の真っただ中に落とした張本人である。

 生徒会室に呼ばれた蒼助を待っていたのは、「報酬は払えない」という氷室の宣告だった。

 当然、その理不尽な申し出に異議を唱えた蒼助。



 しかし、反論は通じず逆に、




『ああ、そうだな。しっかり根っこから潰してくれている。おかげで残党もいなくて処理に手を回す手間も省ける。お前にしてはよくやってくれたと報酬も依頼時に言った

額よりも上げようと考えた。


 ――――――――だが、それもその所業がお前の手によるものだったら、の話だ』



 何故それを、と脂汗流しながら問えば、



『私が何も知らないと思っていたか、馬鹿が。この際だから明かすが、仕事中のお前は志式神を通してその仕事ぶりしっかり自宅で拝見させてもらっている。

 ――――――――
何か言いたいことがあるなら、聞いてやる。無いなら、とっとと出て行け。おい、渚。その不埒者を送って行ってやれ』





 おまけに、





『ああ、そうだ。玖珂、一つ言い忘れていた。お前を助けた見知らぬ御仁にまた会う事があればこう言っておいてくれないか? 珍しいものが見れました、心よりお礼を

申し上げる、と』




 そう言って向けられた嫌味たっぷりの極上に不敵な笑顔を思い出し、蒼助の一度キレてキレやすくなっていた琴線が再びキレた。



「いつかぶっ殺す……絶対に」

「あのねぇ〜……どーでもいいんだけど、"いつか"は永遠に来ない事を示してるって知ってる?」 



 無視して、それにしても、と蒼助は渚を横目に、



「それにしても、お前……よくあんなのと幼馴染やってられるよな」

「何を隠そう御年十年目でぇす」



 渚の「朝倉」と氷室の「土御門」は家同士が古くから仲が良く、一族総出の付き合いがある。

 それぞれ家の暦を解けば、過去に何度か婚姻を交わした記録すらある。


 尤な話、関係が良好なのも婚姻を結ぶのも時代が進むにつれて薄くなりつつある一族の血と力を高い霊力を誇る両家の人間を惹き合わせる事で保たせる為でもあり、

いざという時の強力なパイプラインを作っておく為というのが、根底の動機だろう。

 過去にあったという両家の婚姻が政略結婚か、それとも相思相愛だったのかは、真実は過ぎ去った時の中に埋もれてしまったが、渚と氷室も元はそういった経緯で

知り合ったのだ。



 二人の間に一族の薄汚れた思惑が入り込んでいるか、は部外者である蒼助には知る術がないが、渚のこの様子を見る限りそういったものを抱いているようには見えない。


 氷室の方は知らないが。 



「ま、今回のことは諦めてよ。仕事しくじった君も悪いんだし」

「………っくそ、次の仕事まで収入なしか。折れてやるから早いとこ別の仕事寄越せよ? じゃねーと相当切り詰めねぇと今月はやべぇんだからな……」

「はいはい。とりあえず、今日の昼は哀れな子羊に仏心で俺が特別に奢ってあげるから元気出してよ」



 その言葉に、今しがたまで背中にどんより雲を背負っていた蒼助はそれを吹き飛ばす勢いでシャキンと覇気を取り戻す。



「マジかっ? よっしゃ、そうとなったら夕飯の分まで食い貯めるぞ! おら、行くぞ渚っ」

「え゛っ、ちょっと人のお金でどんだけ食い散らかす気で………あああ――――――――っっ!」



 叫び声をあげる渚の襟首を引っ掴んで、蒼助は食堂まで一気に疾走した。

 さすが昼時と言うべきか、食堂は生徒で溢れかえっていた。

 出入りする生徒と行き違いになりながら蒼助と渚は食堂に入り込む。



「さぁて、何にすっかなぁ〜。いいよなぁ、奢りって。財布と相談する必要ねぇから」

「俺はかぁなり深刻な会議をこれからマイポケットマネーとするところなんだけど………」



 どんより気味の渚の重い調子の台詞を尻目に、蒼助の頭は昼のメニューで埋め尽くされていた。



「やっぱ腹に貯まるもんだよな。ここはどかんとボリュームのあるもんで行くか。おばちゃん、カツ丼と天丼両方特盛…………」



 注文を申し付けようとした時。


 後ろの方で上がる怒声、悲鳴。聞いただけ穏やかではない様子が充分伝わってきた。

 渚と二人で蒼助は何事か、と振り返った。



 離れたその先には、見覚えのある顔があった。

 椅子から転倒した久留美。彼女と別の存在を交互に険しい表情を浮べる七海。


 そして、終夜千夜。 


 彼女の視線の先には何人かの連れを率いた男がいた。

 見ながら、蒼助は隣の渚に耳打ちする。



「誰だ、あのフライパンでぶん殴られた面した蛙」

「容赦ないイイ比喩だね。神崎陵だよ。うちの悪い連中の頭やってる、不良。入学以来、暴力沙汰は何度も起こしてる。婦女暴行、喧嘩………血気盛んでしょ?」

「何で退学になんねぇの?」

「家がね、極道もんなんだよ。評判と力は雲泥の差だけど君んちと同じね。曲がりなりにもある親の権力はあるってやつ」



 なるほど、とそれだけ聞いて不細工面のたった今認識したクラスメイトの大体の詳細を把握する。


 典型的なクズだ。

 暴力と権力しか重視しない仁義の欠片も持たない連中に囲まれ、甘やかされて育ち、親の権力の後ろ盾があるのを良い事におこぼれ目当てで近づいて来た雑魚を引き連

れて好き放題。
世の中が自分を中心に回っていて、思うがままだと全てを舐め腐っているバータレだ。

 きっと、自分が一番強い最強だと信じて疑わないのだろう。

 想像しているだけで、鼻で嗤ってやりたくなる

 おめでたいことだ、と。



「どっかの誰かさんも道踏み外してたら、ああなってたんじゃないかなぁ……」

「そうなっても、合意で女とやれねぇような両生類面にだけはならねぇよ」


 着眼点違くない?と言う渚を言葉を無視して、首だけ後ろを振り返り、



「おばちゃん、注文変更。きつねうどんちょーだい――――――――あっつくしてな」 



 はいよ、と食堂勤め二十三年の為せる技なのか頼んで一分もしないうちに寄越された。

 ほこほこと湯気立ち上る丼をトレイに乗せる蒼助に、渚が首を傾げ、



「それどうするの?」

「まぁ、見てろ」



 その場に渚を置いて、蒼助はツカツカと千夜を相手に傲慢な態度で話しかけている神崎の背中に歩み寄っていく。

 目の前の獲物を前にして夢中なのか沸き立った周囲のざわめきにも気付かないようだ。

 この程度の接近にも気付かないようじゃ、この男の強さもお里が知れている。


 しかし、何故か知らないが先程視界に入れてからというもの、徹底的に無視している千夜に、強引に躙り寄る神崎のその態度が妙に癇に障る。
 

 いらんところに気を向けるな、と己を律しようとするが、



――――――――っこの俺が話しかけてやってんだ、何とか言いやがれ!」


 煮え切らない状態に痺れを切らしたのは、神崎と言う男のほうだった。

 欠片も反応を示さない千夜の長く流れるような黒い髪を一房掴み、自分に注意を向けようとする。

 まるで小学生がするような幼稚な手段だった。



 だが、その行動が蒼助の理性の琴線に触れた。

 衝動に駆られ、当初のぶつかって汁をひっかける予定を急遽変更し、






 ――――――――丼を引っ掴んで熱々のそれを神崎に頭からぶっかけてやった。






 一瞬、静まる空間。


 その沈黙を破ったのは、



「っうぼぉおぁぁぁっ!!?」



 イボ猪の鳴き声――――――――とまでは行かないが、いい感じに絶叫した神崎に満足し、一先ず蒼助の琴線は揺れ止む。

 70℃超えの先程までぐつぐつ沸騰していた液体を頭から顔の表面と肩にかけて浴びた神崎は、床の上を無様に転がり、のた打ち回る。

 驚いたように蒼助を見上げる千夜。

 ようやく目が合ったことで、何故か胸の鼓動が一拍子大きく跳ね上がった。

 しかし、僅か一瞬の通いに終わる。



「てめぇっ」

「神崎さんに何て事してやがる!」


 ピーピー鳥のように五月蝿く冴えずる連中を退けて、意外に早い復活を果たした神崎がそれらを押し退けて、唸ってくる。



「……てめぇ、玖珂蒼助か」



 顔が赤いの怒りか、火傷のせいか。

 初めてのこちらに対し認識のある様子で険しい顔をして、神崎は蒼助を睨んでいた。



「悪い悪い、熱かったもんだから手が滑っちまった…………で、俺の事知ってるみたいだけど、おたく誰?」

「んだとっ、ふざけてんのか!?」

「いや………マジで知らねぇってお前みたいな蛙面」



 人間離れした顔が真っ赤になる。

 蛙も茹でたらタコのみたいに真っ赤になるのだろうか、と蒼助は考えながら七海と久留美を見て、



「お前ら、何やってんだ。蛙と愉快なその仲間達と乱交パーティーか?」

「なわけあるかいっ! 昼飯食べてたら、そこの蛙が終夜さんにちょっかい掛けて来たんや」

「鬱陶しいから、追い払おうとしたのよ。そしたら……」



 それで止めようとした久留美を邪魔だと突き飛ばしたというわけ、だろう。

 状況は呑み込めた。


 再び、神崎に視線を戻すとさっきから蛙蛙と連呼されていたせいか、額に青筋が浮かんでいる。



「へぇ、うちの噂の転校生狙いだったのか、アンタ。無理し過ぎじゃねぇ?」

「うるせぇっ! 中学の時から何一つ変わってねぇな……そのふざけた口先も、いけ好かねぇ面構えも」

「僻むなよ、不細工。それより、中学ん時にお前と知り合いになった記憶はねぇよ」

「………なにぃっ! てめぇ、この俺にあれだけの屈辱を味あわせておいて……」



 歯ぎしりする程、何をされたのだろう。もとい、したのだろう。

 記憶を巡らしてみた蒼助だが、中学時代というとほとんど喧嘩と女の記憶しか無い。

 数いるボロ切れにした連中の一人だと思われるが、生憎ながら個人として一人一人覚えてなどいない。



「知らね。ボコにした奴の面なんか一々覚えて記憶の空きを埋めるなんて勿体ない事しねぇし」

――――――――っ!」



 完全に頭に血が上ったと見れる神崎が、その台詞を合図に戦闘開始しようと動きを見せた時、



「はいは〜い、両者そこまで」



 これから始まろうとしていた一つの騒動に終止符を打つかのように、観戦者達の間を縫うように絶妙なタイミングで渚が現れる。

 キレて見境がなくなっているのか、神崎は邪魔する乱入者に噛み付く。



「何だ、氷室の犬がっ………関係ねぇ野郎はすっこんで」

――――――――俺はそうしたいね。でも、生徒会として暴力沙汰を見逃すわけには行かないんだよね。ここで押し止めない気なら、今年就任した本物よりずっとおっそ

ろしい"生徒会長"の処罰下るけど。いっとくけどさ、……マジきっついよ?」



 敵意を受け流してにこりと笑う渚。

 そこにある含みを訳すと、「見逃してやるから、とっとと失せろクソ蛙」となる。

 ポーカーフェイスを装っているが、内心では犬扱いに相当御立腹らしい。


 笑顔から伝わって来る威圧感を無意識のうちに感じ取ったのか、神崎は悔しそうに顔を歪めて手下を引き連れて食堂から出て行った。

 去り際に千夜を未練がましく一瞥して。



 騒動の中心の一人がいなくなったのを見届けると、渚は蒼助に視線を向け、



「君も、ね。騒ぎを大きくした責任あるから」

「へいへい」



 渚に後押しされ、蒼助もおとなしくその場を去ろうとする。

 と、その前に一度振り返って。



「気をつけろよ。――――――――新入りってのは、昔から男女関係なくああゆうのに目ぇ付けられるもんだからな」



 騒動の原因となった少女に一つ警告を残し、蒼助は渚と共にその場を去った。







 

 ◆◆◆◆◆◆  







 

 昼時の平穏を取り戻した食堂を出て少し歩いた所で、渚が口を開いた。



「あれで、よかったの?」

「ああ、上出来だ。これ以上に無いタイミングだったぜ」



 タイミングとはあの場で一触即発のところに渚が入った時のことだ。


 全ては予定通り収まった。

 あそこで渚が入るまでの煽り方は、我ながら良作だと蒼助は思った。



「彼も報われないね。あそこまで執念深く覚えていても当の相手には欠片も覚えられないんだから」

「覚えてもらう価値も無かったっつーことだろ」



 それとさ、と話を切り替える渚は呆れ返るように、 



「彼女もふっとい神経持ってるよね。終夜さん……だっけ? 悪いのは神崎とはいえ、自分が原因になっているってのに、君と彼が一触即発状態になっても止めるどころか

眉一つ動かさないでずっと見ているだけだったんだもの。助けた君にも、さっき出て行く時何も言わなかったし」



 その言葉に少し溜めを持って、



「お前、あいつが箸持ち直したの、見てなかったのか?」

「へ?箸?」



 どうやら本当に見えなかったらしい。

 一般人ではない渚の眼でも捉えられなかったということは、近くにいた連中は誰一人千夜の異変に気付いてなかっただろう。

 箸をある意図で持ち直した際に放たれた――――――――殺気に。



「別に、俺はあの女を助けたわけじゃねぇぞ」

「何? 照れてるの?」



 そういうコトにしておこうと、蒼助は敢えて反論はしなかった。

 事実だとしても、"神崎の方を助けた"とは思われたくはなかったから。



「あ、忘れてたけど結局お昼どうするの? 食堂使えないし」

「…………」



 そこまで考えていなかった。







 ◆◆◆◆◆◆  







 新学期初日はいよいよ放課後に差し掛かった。



 帰りのホームルームの終了と共に生徒達は教室からいなくなっていく。  

 皆、初日が余程だるかったのか蜂の大群を散らす勢いで生徒は校舎から姿を消していった。



 その中、残る生徒が少数となった校舎内でほとんど空となった2―Dの教室に一人席に座って待つ見目麗しい女子生徒がいた。

 終夜千夜。



 彼女はある人物と約束を交わし帰宅を留まり待っていた。

 新聞部に所属するクラスメイトの新條久留美が、今度の記事に転校生である千夜の紹介や本人のコメントなど入れたい、と頼み込んできたのを、彼女は快く引き受けた。

 新学期最初の部活動ということもあって一度顔合わせがあるのだというコトで、活動の場で向かった久留美。

 しかし、すぐに終わるというと言っていたからこうして彼女は待っているのだが、一向に待ち人が来る気配は無い。



 だが。



 いつまで続くかと思われた状態は、ドアが開かれたことで終わる。 





「………――――――――





 開いたドアから入ってきたのは彼女が待ち望んだ相手ではなかった。

 そこに立っていたのは昼休みに食堂で千夜に絡んできた――――――――



「神崎、くん」



 二時間ほど前にされたことがされたことだけに、あまり友好的な表情を浮べられない千夜。

 表情に不快さを表現するその様にサディステックな汚らしい笑みで口元を歪める。



「よぉ、転校生。……昼は悪かったな。アンタがあんまりつれないもんだから、ちとムキになっちまったんだ」



 ちっとも誠意が見れない謝罪を吐きながら、神崎は言葉を紡ぎ続ける。



「だからよ、改めて歓迎させてくれや――――――――俺の女として」



 言葉と同時に教卓側のドアが開く。

 入ってきたのは数名の男子と、



「………新條さん」



 そのうちの一人に後ろから羽交い絞めにされた久留美。



「………何のつもりですか?」

「言っただろう? 歓迎パーティーだよ、俺たち流のな」



 久留美を捕らえた一人以外が千夜を取り囲むように周辺に立つ。

 逃げ道を塞ぐように。



「………彼女を、放してください」

「はっ、この期に及んで他人の心配かよ。お綺麗なこった………思わず踏みにじりたくなるほど健気なもんだな、おい。……だけど、聞けねぇなその頼みは。アンタに下手

な真似させない大事な予防だからな」



 つまりは人質ということ。

 声を上げて人を呼べないように、抵抗させないように。そのための卑劣な手段。



「尤も、この時間じゃ校舎にはほとんど人間はいねぇ。誰かが通りかかろうが、誰も助けてくれやしねぇよ……この俺に歯向かえる人間はいねぇからな」



 あの昼休みの後、彼等なりの計画を立てていたんだろう。 

 人通りの少なくなる時間――――――――獲物を蹂躙するのに最も適した時間を狙い、千夜の行動にも眼をやって、彼女の元へ向かう途中だった久留美を待ち伏せして。


 人の弱み付け入る非道。彼等はそれに手馴れていた。

 逃げ道を全て塞ぎ、ただただ泣いて脅えて好きにされるしかない獲物を思うが侭に痛めつけてきた。


 千夜にもそれを強いる気でいた。

 彼女から揺らめきだつモノに誰一人気付きもせず。



「………この校舎には、今ほとんど人がいないんですか?」



 神崎に問いかけを放る千夜。


 こんな状況になっても彼女は脅えもしなければ取り乱しもしない彼女の態度が気に喰わないのか、神崎はなんとしてでもその落ち着きを崩そうと試み、



「何度も言わせるんじゃねぇ。誰もお前を助けちゃくれない。観念するんだな……大人しくモノになればイイ思いもさせてやるよ。パーティーは皆が楽しむもんだからな。

………なぁ?」



 これからする行為を含みに舎弟たちにそう言えば、揃いも揃って下卑た笑みを浮かべる。

 決定的な絶望を思い知らせたはずだった。






 ――――――――が。






――――――――そうか」



 綺麗に形整った唇から発された低い声。

 絶望に打ち震える筈だった彼女が浮べたのは、



「それは好都合だ」



 美しく、強く、そして何処までも――――――――残虐な笑みだった。



 それを認識する前、微笑の僅か一秒後に神崎は腹部に衝撃を伴った激痛に襲われた。


 神崎を襲った衝撃の正体は突き刺さったようにそこに打ち込まれた――――――――千夜の拳。

 たがか女の力と侮ることは出来なかった。現に今、神崎は呼吸を強制的に止められた。何処を打たれれば、人は大きなダメージを受けるのかという知識を有した上での

的確な一撃だった。胃をめがけて真っ直ぐに迷い無く叩き込まれた拳はそこを抉りこむように入り、溜まる胃液を一気に逆流させた。喉を這い上がって来たそれが異物の

残骸と共に吐き出される前に、千夜は足払いをかけた。



「がっ…ぐふぁ、ぁっ」


 ガタタン、とぶつかった机と倒れ、崩れる神崎。吐き出した胃液に塗れて、動かなくなった。


 用は済んだとばかりにそれ以上神崎には構わず、千夜は久留美を捕らえる男に目を向ける。


 その眼差しの冷たさに見据えられた男は、ひっと喉を震わす。



「こ、このアマ……よくも神崎さんを……」


 ようやく、事の衝撃から我に返った舎弟達が喚き出す。

 雑音を聴かされているかのように不快な表情をして、千夜はただ一言。



「黙れ」



 低いと言っても女の声。

 肩を震わすほど音量が大きいというわけでもなく、恐ろしく低いというわけでもない。

 だが、そのたった一言に込められた威圧感にその場にいた舎弟はおろか久留美までもが、喉の機能を停止させた。


 鎮まる周囲のその様に、千夜はク、と嗤う。  



「人質をとって迫ってくるとはな………人を捻じ伏せるには最もな良策だ。

 だが――――――――生憎、この手の状況は初めてじゃないんだよ。もう、慣れた」



 先程までの丁寧な口調は何処へ飛んで行ってしまったのか。

 やや粗暴で、年不相応の威厳に満ちた言葉遣いと雰囲気の変貌。

 その変わりように周りの理解が追いつく暇すら与えず、千夜は次の行動に移る。

 踏み出した足先が向かうのは、人質を捕らえる役目を果たす男の元。 



「く、来るなっ……コイツが何なのかわかってねぇのか! そ、それ以上下手な真似すると、この女を……」

「殴るか? 蹴るか? いずれにせよやってみるがいい。――――――――それを実行すれば、生まれて来た事を後悔することになるがな」



 危機感を微塵も感じさせない様子でゆっくりと、しかし一切の遠慮無く近づいていく中で、つらつらと言葉を並べる。



「人質とは相手を牽制しそれを維持させる効果がある。だが、それは相手が応じて無抵抗でいればの話だ。向かってこられては人質は全くその効力をしめさなくなる。

それと、これは私の経験上での話だが――――――――



 距離が残る一メートルを切り、



「そうなった場合、正気の人間に人質を実際に傷つけることは出来ないんだよ。想定外の事態に思考が次はどうすればいいのかと対処できないからな」



 台詞の終わりと同時に、捻りを加えられて放たれた千夜の上段回し蹴りが反応できない男の頭部側面に叩き込まれ、脳が揺れる。


 男の体が一時的に全身の機能を失い倒れる。


 開放された久留美を届かない場所に追いやりつつ、あっという間に二人も倒された現実を受け止め切れていない残る舎弟達に告げる。



「パーティー、だったな。………いいだろう、乗ってやる。好きなだけ楽しませてやろうじゃないか…………足腰立たなくなるまで」



 不敵に微笑うその様は類は違えど、凛々しさと優雅さに彩られた苛烈な美しさを醸し出していた。





「一人残らず、平等に………パーティーは皆で楽しむもの、だったよな?」



















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