人と、そうではない者。





 どちらが先に生まれたか、存在したか。

 もはや、絶対と言える証明はなかった。

 この世界を自分たちのモノと主張できる証拠は何一つ。




 故に彼等は証明を作ろうとした。

 戦いという、互いの存在を賭けた果てに――――――――――



 最初のぶつかり合いがいつだったか。

 どんなものだったか。どちらが勝ったのか。

 それを知る者はいない。

 故に過去を知る術はなかった。


 ただ、わかるのは決着がつかなかったからこそ、今も戦い続けているということ。


 その歴戦が記録されるよりも遙か昔から続いていた退魔(ひと)とそれ為らざる【魔】のお互いの存在の相違と、その領域(テリトリー)の保持に固執する争いは―――――――長い長い歴史

を刻んだ。


 やがて、時の流れと共に進む退魔(たいま)概念(がいねん)】の弱化の影響により退魔と魔の両サイドの力が衰えを見せ、時代の変革が起こるたびに変わる文化の進展に合わせて両者は歴史

の表舞台から姿を消した。



 【魔】は伝承へ、【退魔】は歴史の裏に姿を隠して。

 闘争もかつてのように『勢力が戦う』大戦ではなく、平和の影で人知れず『個が闘う』という形に変わっていく。



 そうなった現在(いま)彼等は闘い続けていた。

 まるで、それが――――――――――世界のバランスをとっているかのように。







 ◆◆◆◆◆◆







 気忙しい桜の花弁が仲間の許を離れ、東京の空を漂う。 



 四月の風はそれを大空へと舞い上げるほど強くもなく、かといってその儚い旅路を中断させてしまうほど弱くもなく、ただひらり、ひらり、と気紛れに運ぶだけだ



 桜咲き誇る渋谷区神宮前宮下公園。



 昨夜、ここで魔性と交戦し殺されかけ――――――――――あの女と出会い、助けられた。

 早朝のためか。

 鳥がチュンチュン鳴くだけで、ベンチで寝ているホームレス以外は人の気配のない公園を、後ろに昶を伴って蒼助は歩いていた。

 植えられた何本もの桜の木は期を満たし、満開に咲き誇っていた。



 そして、見つける。

 戦いの『(きずあと)』が残された場所を。



「おお〜、残ってる残ってる」 



 止まった足のその下の地面はどす黒く、ほんのり赤が滲んだ痕があった。

 蒼助が負傷した際にぶちまけた血だ。


 しゃがんでそれを眺めている蒼助を見下ろし、口を開いた。



「一体何しに来たんだ?わざわざ登校前に………昨日、何か失くしたのか?」

「ああ。大事なもんだ」

「何だ、それは」

「俺の血。昨日派手にぶちまけたんだよなぁ、こんなになっちまったら持って帰れねぇちくしょうごばぁっ」 



 衝動的に蒼助の脳天に真っ直ぐ踵を振り下ろした昶は、半ば据わった目で、



「そんなくだらない冗談の為に俺に朝練サボらせて付き合わせたってなら、蹴るぞ」

「も、もう蹴ってる……」



 痛さが徐々に熱さに変わり始める頭を押さえ、蒼助は呻いた。

 そして、内心落胆した。



 本音を言うと、きちんとした理由はあった。

 それこそ、本気で蹴り倒されそうだから口にはしないが。


 また来ると、会えるのでは、と思ったのだ――――――――――彼女に。

 心の隅で、会いたいという気持ちに酷く驚く自分を無視して、蒼助は出会った場所へと足を運んだのだ。

 淡い期待は見事打ち砕かれたけれど。 



「……あー、ヤメタヤメタっ」



 突然、やけになったような様子で立ち上がる蒼助に昶は目を瞬く。



「……蒼助?」

「悪かったな、昶。大事な朝練サボらせて俺の我が侭に付き合わせて……用は済んだ、行こうぜ」

「何なんだ、一体………」

「ちょっと血迷ってただけだ」



 所詮、偶然の巡り合わせだ、と蒼助は未練を断ち切るように赤黒い染みを踏みにじりその場を去ろうと決める。


 その一歩を踏み出そうとした時だ。





――――――――――何恥ずかしがってんだよ、ニィちゃん。

 若いうちは素直になった方がいいぜぇ〜? 欲望にも、気持ちにもよぉ」




 と、聞こえて来たのは視界から外れたベンチの上から。

 寝ていたと思っていたホームレスの男からだった。



 蒼助と昶は、揃ってその男の方を振り返った。



 ふぁ、と欠伸をする男は一言で言い表せば『やぼったい』だった。

 見たところ中年くらいの男は、ボサボサの短髪とこれまた伸びた無精髭に、くたびれたベージュのロングコートを着ていた。

 その中で唯一汚れていないのはサングラスぐらいだ。


 本当にそうかは知らないが、どっからどう見てもホームレスにしか見えないオッサンだ。

 それが二人の印象だった。



 どっこらせ、と身体を起こしたその男はサングラスを上げて目脂を擦り取りながら、



「にしても、ご苦労なこったなぁ……そんなに焦んなくても、また会えるのに。まぁ、我慢出来ねぇってのも若さの特徴か」

「何だてめぇは………喧嘩売ってんのか、オッサン」



 眉間による皺と共に細まる双眸で蒼助は男を鋭く見た。


 こっちはただでさえこのワケのわからない感情や肩透かしを食らったように翻弄されて、気が立っているのだ。

 暇を持て余してちょっかいをかけて来ているだけだとわかっていても、些細なそれが苛立ちを荒立てる。


 それを察したのは一早く沸き立ち始めた殺気を感じとった昶。

 まずい、とキレると燃え尽きるまで収まりが付かない友人が行動に出る前に抑えようと思うが、その気遣いをヨソに男は続ける。



「そんな命知らずな事しねぇよ。こっちはただの親切心で言ってるだけさ」

「おい、それぐらいにしておけ。冗談半分でからかうと今のコイツにはシャレにならないぞ」



 しかし、男は昶の言葉を無下にし、煽りをかけるように言った。



「あんたが動かなくても、向こうから来る。会いに来るというわけじゃないが、会えるさ……いずれな」

「……何を根拠に馬鹿言ってるかは知らねぇが、何処で昨日の夜の事を知った? 出歯亀でもしてたか?」

「いんや、昨夜は新宿の方でパチンコやってた。ただ、教えてもらったのさ。昨日の夜の事も、今言った事も」



 誰にだ、と蒼助は問う。

 すると男は晴天を仰ぎ、




――――――――――"星"に、さ」 




 苛立ちは頂点に達した。

 そして、動いた。
 ただし、男の方にではなく全く逆の、寧ろ男から遠ざかる方向に。



「ん? 何だ、行くのかい?」

「ああ、電波ホームレスには付き合いきれねぇし消費する体力が勿体ねぇからな」



 きっと昨日のアレを何処か近くで見ていたのだろう。

 電波とはいえ一般人を巻き込んでしまったことや仕事を見られたことへの反省は、苛立つ意識の外へと追いやられていた。

 今は一刻も早くこの場を去りたかった。


 背を向けて遠のいていく蒼助と昶に、無視されるとわかっていても男は一声かけた。



「まぁ、見てな。必ず、また現れる。あれはお前さんの――――――――――運命の女神だからな」



 勝手に言ってろ。

 トゲトゲした心情を抱え、蒼助はその場を後にした。







 ◆◆◆◆◆◆







 

 遠くなっていく二人の青年をこれ以上引き止めようとはしない。

 ただ見送る男は、サングラスを指先で少し下ろし、裸眼でその姿を確認する。



「………あっちは玖珂ので……隣のは辰上………いや、今は早乙女、か」



 こちらの言葉に何を苛立っているのか、過度なまでに食いついてきた薄い茶髪の青年は不気味なまでに気の短い性格も外見も『あのおっかない女』に瓜二つ。

 記憶にあるあの女の男版と言っても過言ではない。

 追加事項のエロそうなところは親父譲りなようだが。



 もう一人は生真面目な性格もフォローに回るところも父親にそっくりだった。



 世代を越えて、“親と同じように”相棒の関係を築いているところは微笑ましい。



「そんで……昨日ここで、あの玖珂のガキが出会ったのが、あいつの……」



 【星】から話は聞いたものの、姿は未だ見ていない存在。


 確か、娘だと【あの男】は言っていた。

 どんな風に育っているか非常に気になるところだ。

 出来るなら今朝出会う相手をむさ苦しい男二人組みではなくそっちにして欲しかったものだ、と巡り合わせを考えた天を恨む。


 だが、【あの男】の子供だ。相当上物に違いない、と男はまだ見ぬ少女へ多大な期待を寄せた。



「さて、と」



 男はベンチから腰を上げて、コートについた無数の淡紅の花弁を払い落とす。

 用は済んだ。

 とりあえず、朝五時からここでスタンバイしていた苦労は報われた。


 パチンコ屋が開くまで何処かそこらをぷらぷらしていよう、とこの後の予定を立てたところで、男はもう姿は見えなくなった先程の二人が歩いて行った方向を見た。



「さぁて………どう動くのやら」



 それは誰へ向けた言葉なのか、ただそれだけ言い残し、男は二人が去った逆の方向へと歩いて行った。




 無人となった公園で、桜は尚も薄紅を降り積もらせていた。







 ◆◆◆◆◆◆







 二年D組の教室は一ヶ月ぶりの喧騒に充ちていた。





 春休みの間に起こった出来事をそれぞれ速射砲のように語り合う姿が教室のあちこちで見られる。



 進級する、というのは、ただ年を重ねるのではない。それは、薄皮を一枚脱ぎ捨てる行為に似ていて何処かくすぐったい気持ちをを揺り起こす行事であり、その感情に

対する照れと戸惑いが彼らの声をとめどなく賑やかにしていくのだ。

 放っておけば一日中続いていそうなざわめきの中、蒼助は壁に背を凭れさせながら昶とそれを冷めた目で眺めていた。



「せっかくクラス替えしたってのにほとんど面子変わってねぇな。どいつもこいつも一年の時さんざん見た顔じゃねぇか」

「このクラスは問題児が多いからな。ヘタに分散させると他の連中まで感化させると踏んであえて一塊にしたんだろう。それを束ねる"綱"も今年もご一緒だ」

「げっ、氷室の野郎もいるのかよ………と、なると、引っ付いてる朝倉も、か……それと、あとは……」



 記憶に探りを入れていると二人の間に割り込む人間がいた。



「なんや、今年もあんたらと一緒かいな」



 蒼助と昶の姿を見るなり歩み寄ってくる女子生徒。

 長めに切り揃えられた明るいブラウンのショートカットにそれの似合う元気と明るさを放つ顔立ち。弾むような関西弁を操る少女の口調と総合すれば天真爛漫の一言だ。


 女子生徒の方を見るなり蒼助は視線を下げてある一点に集中させながら言った。


「そのとても女子高生の平均に達しているとは思えねぇ薄い胸は……七海か」

「何処を見て言っとんねんっ!! 胸の事はほっとけぇ! これでも春休みの間に成長したんやからな!」

「せいぜい、AAカップからAカップだろ。大差ねぇな…………ま、俺の守備範囲はBからだから関係ねぇけど」

「………くぬぅっ……言いたい放題抜かしくさって……っっ」



 実際当たっている為、それ以上言い返せない七海はぎりぎりと歯噛みし、涙目で勝ち誇った笑みを浮かべる女の敵を睨む。


「はっ、悔しかったら詰めるなり急成長見せるなりして、その抉れた胸をどーにくぁっっ……!!」


 余計な喧嘩の種を蒔いてくれる馬鹿の頭部の側面にチョップを叩き込む片手間に、昶はもう一人の怒りでぷるぷる震えているクラスメイトを宥めすかす。



「落ち着け、都築(つづき)。いちいちこの馬鹿の挑発に乗ってると、神経焼き切れるぞ」

「わかっとる……わかったとるけどぉっ……」



 やりきれぬ怒りを拳に乗せて誰のとも知れない机に叩き付ける七海。

 その背をポンポンと叩く昶。



 二人は共通の相手(蒼助)を通して性別を越え固い友情を築いた仲だった。 

 春真っ盛りの時期に似つかわしくなく、やや廃れた眼差しで七海は同志に訴えた。



「今年こそ耐えかねてあのアホを殺ってしまいそうで、気が気じゃないんやぁ。
 ……どないしょ、早乙女ぇ」

「早まるな。良い発散方法教えてやるから。我慢我慢我慢ツッコミ我慢だ。ある程度ゲージが溜まってきたら、限界超える前にぶちかませ。俺と違ってまだ日が浅いお前

には適法だ。なに、あれは伴侶にで出会うとマゾに目覚める家系だ。覚醒前とはいえ行き過ぎたツッコミくらいには十分耐えられる」 

「おい! 人んちの家系に妙なオプションつけんじゃねぇ!」



 しばし、蚊帳の外に置かれていた蒼助が、聞き捨てならない方向に話しが言ったところに割り込んだ時だった。





――――――――――ちょっと、みんな聞いて聞いて! 特報(スクープ)、特報っ!!





 教室の坐和菓子区も穏やかな空気を割るような勢いで、外からドアが開いた。

 そこに立つ――――――――シルバーフレームの眼鏡を鼻の頭からズり落とし、長い三つ編みをふりふり揺れ動かす女子生徒の只ならない様子をまとっての登場。

 その出来事に、教室内の人間はそれぞれの会話に一時終止を打ち、一斉に彼女の話に耳を傾けた。

 女子生徒は走ってきたのかすっかり上がった呼吸をある程度整え、堰を切ったように口を開いた。



「さっき廊下で会ったんだけどっ………――――――――今日、このクラスに転校生来るんですって!」



 言葉に教室が静寂に還った。



 そして、



「なにぃっ!?」



 それを破っていきり立ったのは、蒼助と昶を除いた男子諸君。

 僅かなズレもない見事な同調(シンクロ)による合唱だった。

 女子生徒は更に一言追加。



「しかも、女の子」



 教室が歓声に溢れかえった。

 隣の肩を抱いて、滝のような涙を流す輩まで出だす始末だ。 


 倍にうるさくなった周囲に耳鳴りを覚えつつ、それを招いた人物を目に蒼助は顔を顰めた。



「げっ、お前もこのクラスかよ久留(くる)()……」



 蒼助はこの新條久留美(しんじょうくるみ)という女が大の苦手だった。


 新聞部に所属するこの女は、根っからの記者根性(ジャーナリズム)の持ち主で記事のネタの為になら手段を選ばない節がある。何処から仕入れるのか、盗聴器、ピッキン

グ用具など犯罪紛いな道具も平気で駆使して、エサの匂いを嗅ぎ付けてくる。



 そんな彼女の犠牲者になった人間は教師生徒関係なく数多い。

 蒼助自身も、一年の時に五股かけているを嗅ぎ付けられ、記事にされて多大な被害を被った痛い経験がある。


 そんな曰くがあり、久留美は【秘密(プライベート)殺し(キラー)】と恐れられている。


 あからさまにうんざりな表情をする蒼助に、ふふんとレンズの奥の吊り目がちなそれをにんまり細める。



「今年もよろしくぅ、ネタの水源くん。今度は去年の五股記録更新を目指して七股くらいを目指してみない?」

「おう、望むところだ。――――――――てめぇの眼鏡の視界範囲に収まらないところでな」



 バチバチと火花を散らし始める二人にもどかしさを感じた七海は収集を治めて、滞っている話を進める。



「アホがアホやってんな。それよりどうなんや、その転校生」 

「まー、そんな急かさないでって。さっき、恭ちゃんと一緒にいるところ遭遇しただけだから詳しくは説明出来ないけど――――――――――これだけは言えるわ」



 突如入った間に周囲に妙な緊張感が張り詰め、ゴクリと息を呑む音まで聞こえた。

 長ぇよ、と幾人がツッコミを入れたくなるくらいの沈黙を経て、月守学園のブラックリストNo.3にして学校一の情報源がようやくその重い口を開いた。  




――――――――――美少女よ。しかも頭に超が付く」




 二年D組の男どもが歓喜の雄叫びを上げた。

 しょーもない彼女なしの男子達に哀れみとも呆れともとれる視線を送っていた七海が、眉を顰めながら呟いた。 



「アホか、あの連中。相手してくれる可能性が出来たわけもあらへんのによぉあーもはしゃげるなぁ」

「希望はゼロってわけじゃないんじゃない? ………オタクと美女のラブストーリーっての何かの映画で見たことあるし。世の中何処で誰がどんな縁で繋がってるかわから

ないもんだしね〜」



 縁があったら。



 よく見知らぬ相手と主人公が翌日転校生として再会するというベタな展開あるよな、と思い浮かべたところでハッと我に返る。

 何を考えてた俺っ、と思考に取り巻く思想を振り払う。

 きっぱり諦めたはずだったのに、未だに未練を捨てきれずあまりにもご都合主義な期待を抱いている自分が情けなくなった。



「どうした、蒼助。苦虫噛み潰したみたいな顔して」

「…………何でもねぇよ」



 昶の声に素っ気無く返事を返す心の内で、会いたい会いたいと、自分はあの女にもう一度会って何がしたいのだろうか、と蒼助がその内で渦巻く望みに疑問を持った時。

 ついさっき、久留美が入ってきた前のドアが再び開いた。




「席つけー、ガキどもー」




 ガラガラと、教室の教卓近くのドアを開けて入ってきたのは若い男の教師だった。


 肩につくかの長い髪はゴムで後ろに束ねられ、整った顔に乗せられた涼しげな双眸には愛嬌が滲み出ていて見る者に好意的な印象を与える。

 ただし、服装は教師側の人間としてはいただけないものだった。

 背広とネクタイはなく、黒のワイシャツと。しかもワイシャツは第二ボタンまで外されていてやや胸元が肌蹴ていて健康的な色をした肌が見え隠れしていた。



 教師としてはやや羽目を外し過ぎている格好だが、彼は一年D組を受け持っていたれっきとした教師で、名を蔵間(くらま)恭一(きょういち)と言った。



 頭の堅い中年教師の教員の多い中で数少ない若い教師であり、教師らしからぬ服装と態度を生意気に思われ教員一同からは疎遠されているが、逆に生徒からは柔軟な姿勢

と気さくな親しみやすい性格を好意的にとられ『恭ちゃん』の愛称で男女問わず人気の高い教師なのである。

 そして、同時にこの曲者揃いのクラス一同をまとめあげていた強者でもあった。

 担任も変わるはずの初日に入って来た前担任のその人に共通の疑問を唱えた生徒達の中でその一人がそれを口にした。



「あれ、何で恭ちゃん?」

「今年もお前らの面倒押し付けられたんだよ。どいつもこいつもすげぇ嫌がりようだったぜ?」 



 その理由は誰も問わなかった。

 何が原因かはそれである自分たちがよくわかっていた。

 この様子では卒業までこのメンバーで過ごす事になりそうだと、誰もがなんとなく察した。

 そんな皆の未来予想図を掻き消すように、誰かが忘れかけていた転校生の事を投げかけた。



「恭ちゃん、転校生はー?」

「お、お前ら俺に対する歓迎の言葉は二の次かよ!」



 その言葉に一同は顔を見合わせ、



「ようこそ二年D組へ――――――で、転校生は?」

「………もういい。――――――――――入って来い」



 これ以上あらぬ方向に興味が行っている生徒達に何を言っても無駄と判断したのか、口元を引きつらせつつ、まだ廊下に待機させているであろうD組の新たな仲間となる

人物を招く仕草をした。

 一度、蔵間の手で閉められた扉が再び開くと同時に、おおっ、と歓声があがる。




 しかし、蒼助の反応だけは周りとは異なる様子となった。




「……――――――――――っ!?」



 ドアの向こうから現れた人物の姿に蒼助はぐ、と息を詰まらせた。

 喉から飛び出しそうになった叫びを無理やり押さえつける。

 何で、と内側で何度も反映する問いかけ。












 同時に、朝のあのホームレスの台詞が脳裏を駆け巡る。












 ――――――――――にしても、ご苦労なこったなぁ……そんなに焦んなくても、また会えるのに。




 ――――――――――アンタが動かなくても、向こうから来る。




 ――――――――――会いに来るというわけじゃないが、会えるさ……いずれな。




 ――――――――――まぁ、見てな。




 ――――――――――必ず、また現れる。




 ――――――――――あれはお前さんの、
















 『ウンメイノメガミダカラナ』














 

 教室に入ってきた少女は、驚愕の沼にどっぷり嵌まって抜けられなくなって蒼助のことなど知る由もなく、蔵間の横に立つ。



 窓から差し込む春の暖かな陽射しを受け、ほのかに輝いてさえ見える白磁の肌に解いたら腰まで届くのだろう、豊かで艶やかな黒髪を結い上げられ、動くたびにゆらゆら

揺蕩(たゆた)う。

 そして、凛々しく曲線を描いた眉目はこれも当然漆黒で、特に瞳は凛とした輝きに満ちていた。

 見る者を美しいと感じさせるのは単に顔立ちだけではない。

 真っ直ぐに伸びた背中や一つ一つが凛とした仕種も含まれているからこそ、見る者を魅了する。


 それにしても彼女の放つ神々しさにも似た眩しさは只事ではなく、教室の中で一人浮いているというか、酷く場違いな雰囲気でさえあった。

 ざわめきを止まらない中、蔵間が視線で一撫ですると生徒達は渋々口を閉ざしていく。


 完全に静寂が訪れる寸前、役目を思い出した日直の威勢の良い声が響き渡った。



「きりーつ!」



 その声に弾かれたかのように皆立ち上がり、蔵間と挨拶を交わす。

 逞しさを感じさせる微笑でそれに応えた蔵間は、早速皆の興味を独占している人物について説明を始めた。



「あー、もう皆……そこにいるこの俺を進学早々記事のネタにしようとしやがった新條から聞かされたと思うが、今日からこの(つき)(もり)学園で一緒に勉強することになった転校

生を紹介する。名前は…………そうだな、お前の名前はちと読める奴は少ねぇだろうから黒板に書いてくれないか」



 無言のまま頷いた少女はチョークを手に取り、淀みなく黒板に書き記す。

 書かれた名前は漢字自体は難しくないが蔵間が言う通り一筋縄ではいかない読み方をするようで、「何て読むの?」というヒソヒソ声が教室の何ヶ所かで起こった。



 名乗った方が早いと判断したのか、少女は閉ざしていた口を開き、誰の心にも響き渡る澄んだよく通る声で名乗ったのだった。





終夜(よすがら)千夜(かずや)です――――――――――よろしく」  


















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