黒い空が広がっている。

 天気が悪いのか、今夜は星が一つと見えない。





 ただ、代わりに、



 

「………今夜の夜風は、良くないな」

『左様でございますか』

「ああ。多分―――――――月が、紅いからだろう」

 

 風が、妙に生暖かい。

 夜闇の中で吹き曝すそれに、まるで闇に纏わりつかれているような不快感を覚える。

 

「見晴らしのいいところを選んだつもりだったが……失敗だったかな」

 

 それは、まだ骨組みの状態の建設物。

 いずれは高層ビルとなるであろう今はまだ鉄筋の城の頂点にいた。

 東京の一角を一望できるその場所には地上よりも強い風が吹いている。

 

「どうだ、夜叉姫。場所は、特定できそうか?」

『いえ。まだ、この周辺に【入り口】の出現の気配は……残念ながら』

「そうか。……焦れるな」

 

 足場としてギリギリ役目を果たす鉄の一本橋の上に千夜は腰を下ろす。

 気長に待つという姿勢の顕れだった。

 

「しかし、まぁ………よりにもよって、【隔離(かくり)()】に目をつけるなんざ……入れ知恵とはいえ両生類が頭を働かせたもんだ」

 






 ―――――――『隔離世』。






 

 彼岸の三次元のうち【幽世】に(あやか)った人工の幽界である。

 空間発生型の結界によって構成される異次元にまで達した巨大な亜空間。

 東京を彷徨い迷える霊魂の類を収納する役目を持ったもう一つの東京と呼んでも過言ではない、この世には存在しない場所だ。

 

 その異界への入り口は、区ごとに一つずつ存在し、一定の時間ごとに場所を転々と移動する。その動く入り口の移転場所は、管理する降魔庁の人間しか把握していない。

 千夜が待っているのは、その移転場所が夜叉姫の測定範囲内に現れる瞬間だった。

 

「……影で殺しまくっているかと思っていたが、本当に俺への当てつけ分しか殺ってなかったわけか。確かに……【隔離世】には腐るほど屍鬼の【原料】が溢れかえって

いるからな」

 

 特に、【隔離世】にて収納された霊魂には、未練や怨みごとを抱え込む怨霊に分類されるものだ。屍鬼をつくるには極上の素材の宝庫。
 更には、敵の
領地(テリトリー)と化したその場所には降魔庁も迂闊に手は出せない。徹底されたその策は見事な効果を発揮した。

 

「万全の状態なら、それでも問題はなかったんだが……な」

 

 霊力を損失した状態で、挑めば結果は見えていた。

 だから、時期尚早と少しでも己の状態が回復するのを待った。

 

 だが、

 

「……ったく、知らん間に要らんこと覚えちまった」

 

 昔は、そんな躊躇は抱かなかった。

 久遠寺の診断を告げられた時だって、同じだった。

 死、という影の存在が己の取り巻いていることを教えられた時に、覚えたのは間違いなく恐怖だった。

 死への恐怖から沸く躊躇は、戦いにおいては踏み込みを甘くし、隙を生む。命取りになりかねない。

 

「本当に、要らんことを……覚えた」

 

 もっと恐ろしいことを、散々思い知ったはずだったのに。

 



―――――――主様』



 

 忘我の浸りに割り入った夜叉姫の声に、千夜は我へと返った。

 

『我が測定範囲に出現いたしました。いかがなさいますか』

「ん、ああ……ここからの距離は?」

『およそ十メートル先の路上にて確認いたしました』

「よし、それじゃぁ行くか。十分きっかりで移動しちまうらしいからな」

 

 柱に手をかけ、腰を上げる。

 そこから踏み出そうとした際、

 

『……主様。出陣を前にしての御無礼をお許しください』

「ん? どうした、夜叉姫」

『この戦の後、主様は命を絶えられるのでしょう?』

「……ああ、十中八九な」

 

 ほぼ間違いなく、生きて現世に帰ってくることはないだろう。

 

『ならば、この夜叉の願いを一つだけ聞いていただけませぬでしょうか?』

「………言ってみろ」

―――――――そのお命が絶えられる前に、夜叉に自壊を命じて下さいませ』

 

 突然の告白に、千夜は目を張った。

 

「……何を言っている?」

『ただの道具如きが主に物乞うなど、弁えるべき行為であることは承知のこと。けれども、主様……』

 

 ここには無い。

 けれども、確かに繋がり、存在する愛刀は懇願した。

 



『夜叉は、もう二度と主様に置いて逝かれたくはないのです』

 



―――――――



 言葉を失った一瞬、千夜の思考は過去を巡った。

 まだ忘れていない記憶が、そこにはあった。

 



 この鬼の名を持つ刀と出会った時のことだ。



 

 黒塗りの武器が並ぶ中の奥に、ひっそりと埃を被っていた白塗りの長刀。

 薄汚れたそれはまるで眠っているようだった。

 ようやく触れることが出来る武器に出会えたことにまず安堵した。

 

 

 ―――――――彼女、【夜叉姫】というのよ。

 

 

 食い入るように見つめる自分を楽しげに眺めていた黒蘭が教えた名。

 何故懐かしいと感じたのかはわからない。

 触れる重みがしっくりと馴染む理由も。

 

 

 ―――――――呼んでみたら?

 

 

 呼べば、応えてくれるだろうか。

 緊張に震えた声で、その名を初めて呼んだ。

 応えるように白く光り輝いた瞬間は、今も瞼の裏に焼きついている。

 

 

『ああ、主さまっ! ……帰ってきてくださったのですね!!』

 

 

 後で聞かされた話があった。

 この白い霊装は、かつて使い手を失って以来自身に誰一人触れることを許さなかったのである、と。

 無理に触れようとすれば、指先を裂くほどに強く拒絶したらしい。

 霊装としては最上級の力を誇る。けれども使えねばただのガラクタであるとして蔵に放置されていたとのことだ。

 

 一途な思慕。それが武器としての存在意義を揺るがすことであっても、頑として曲げないその愚直な志を千夜は気に入った。

 馬鹿は好きだ。

 まっすぐ伸びるその志は、美しいと思う。

 

 己をかつての主と間違えるほどに記憶を朧げにしても待ち続けたその刀を相棒とすることにした。

 思えば、この刀を失くしても今の自分はありえなかった。

 ここまで来ることは、出来なかっただろう。

 

 一身に尽くしてくれるこの相棒にも、自分は嘘をついていた。

 生きるために騙して利用し続けてしまったこの一途な鬼姫に、相応とは言わずともしてやれることは―――――――やはり、一つしかないのだろう。

 

「………わかった」

『お許しいただけますか?』

「ああ。……一緒に、逝ってくれるか?」

『夜叉はそれを望みます』

 

 迷いの無い言葉に、千夜は苦笑を浮かべた。

 心が少し軽くなった。

 

 最期まで自分の傍にいてくれるという存在。

 それは、千夜が欲しても手に入らなかったものだった。

 

「……ありがとう」

 

 これで自分は無敵だ。

 ハッピーエンドが決められた物語の中で、お姫さまを迎えに行く王子だって、ここまで晴れ晴れとした気分ではないはずだ。

 

 あとは、

 

「それじゃぁ、こいつを飲んで……最後の一仕上げだな」

 

 コートのうらポケットから取り出したのは、赤黒い液体が中で揺れる小さなガラス瓶だった。三途によって製薬された『血清』である。

 既に一本は使用している。念には念を入れて二本目を飲用しようと思っていた。

 たとえあとで来る副作用の発現が早まるとしても、使用できる霊力は多いに越したことは無い。

 ましてや、もはや躊躇する【理由】など無いのだ。

 

 千夜は、一度それを振るようにして中身を揺らめかす。

 

「……こいつも、これで飲み納めだな」

 

 過去何度も味わったなんとも言いがたい味を思い浮かべつつ、千夜は蓋を開けた。

 そして、そのまま飲み口に唇を寄せると一気に煽る。

 

「……っ……」

 

 口の中に苦味ともえぐみとも言えない味わいが広がる。

 何度となく舌が感じる鉄のようなそれは、まさしく血を彷彿させる。

 えずきそうになるのを堪えて、全て飲み下す。後味の最悪さに目を瞑り、

 

「………まっずいな、本当に」

 

 

 退路を完全に断ったことを確認するように、悪態づいた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 上弦が扉を閉めてこちらへ歩いてくるのを確認すると、蒼助は止めていた進行を再開させた。

 目的地である最奥の部屋まで続く長い廊下。とことん元の建物の設計を無視した魔術の産物は、進む者に到達まで少々手間を強いる。

 それは気が遠くなるとは言い難いすぐに果てを知る道だが、ここで沈黙が生じるだけの時間があるというのなら、蒼助はそれを省いて交わしておきたい言葉があった。

 

「……あんた、手加減してたのか?」

「何がだ」

「鍛錬だよ、鍛錬。……最初からずっとやり過ぎないように加減してたって本当かよ?」

 

 返答は、一瞬の間の後だった。

 

「……何故、そう思った?」

「強くなったな俺……とか自画自賛してたら、夕方に千夜にボコボコにされちまった。嫌でも自分が成長してねぇってわかるっつーの」

「…………姫様は、お優しい方だからな」

 

 上弦としては、嘘で塗り固めるよりも事実をまっすぐに突きつけることこそが『優しさ』であるという認識らしい。

 そいつは随分不器用な優しさだ、と皮肉る気持ちになると同時に、その不器用な人間を思う。そして、その不恰好な優しさに一時とはいえ甘んじてしまったのは他ならぬ

自分であることも苦く再確認する。

 

「……こういっては元もこうもない話だが、人が強くなるには素質だけではなく、それだけの時間と忍耐が必要不可欠なのだ」

 

 何処か気まずげに切り出された話に、蒼助はなんとなく内容を予想しつつも耳を傾けた。

 

「たった五日の期間で、あの方の満足する領域まで到達しようなど無理のある話。なぜならば、あの方は仮に到達したところで満足することなどないのだからな」

「だったら何であんなこと言い出したんだよ。……時間稼ぎか?」

 

 頑なに他人の助力を拒む千夜が、完全に付け入る隙を塞ぐ前に、とでも考えたのだろうか。

 

「……待っていたのだ」

 

 質問に対して肝心の部分を欠いた返答に、蒼助は顔を顰めた。

 何を待っていたというのか、と沈黙に促しを含ませると、

 

「鍛錬はあくまでついでに過ぎぬ。あの方は……この期間に全てが動き出すことを待っていた」

「動き……?」

「この五日間において、賭けは確かに行われていたのだよ。姫様とはもちろん……姫様を取り巻くあらゆる全てと。貴様も含めて、な」

「そいつは壮大だな」

 

 茶化すように言えば、睥睨が返る。

 本人は至って真剣な話であることをわからせたいのだろう。

 上弦は顔を前へ戻しながら、

 

「実に無茶が過ぎる……不利な勝負だった。何か一つでも欠ければ、黒蘭さまの敗北は決まってしまう。あらゆる点で失敗は許されなかった。………たとえば、今こうして

貴様が来ていなければ全てが台無しになるところだったのだぞ」

「それじゃぁ馳せ参じた俺に感謝してもらわねぇと」

「馬鹿者が。あの方の敗北は貴様の敗北に繋がるというのに、戯けた事を抜かすな」

 

 諌めているのか呆れているのかどっちつかずな態度の後、

 

「振り返れば冷や汗をかき通しだった気がするが……貴様は、あの方の望んだとおり……否、それ以上に期待に応えた。姫様と出会い、澱へと踏み込み、そして姫様の御心

をも手に入れた。……本来ならここで褒めてやるべきなのだろう」

「じゃぁ、褒めてよ」

「断る。煽てて調子に乗って登った木から落ちられては困るのでな」

 

 ふん、と素っ気無くする。

 だが、見えない顔が笑っているようにも感じたのは気のせいだろうか。

 

 ふと、物思いの時間が訪れる。

 知り合ってたった五日の相手―――――――しかも、初日は自分を芋虫状態にした―――――――とこんな会話を交わしている今の自分に、再び認識が変わる。

 

 自分は強くはなれていなかった。

 けれども、何も得られなかったわけではなかった。

 

 人は変われない。

 蔵間は確かにそう言った。

 今なら、その言葉を正しく捉えられている気がした。

 

 人は変われる。

 人は変われない。

 

 どちらの言い分も、【全て】ではないというのなら―――――――

 

「あとは……あとに残る二つ。一つは、貴様が黒蘭様の試練を乗り越え、【資格】を手に入れること。そして……」

 

 いつの間にか、扉の目前にまで近づいていた。

 歩みは、その先を行っていた上弦の停止と共に無意識のうちに止まっていた。

 

「……そして?」

「……………」

「……………」

「……………」

 

 やけに長い沈黙だ。

 勿体ぶっているというには、長すぎる。加えて不自然だ。

 

 まさか、と蒼助は思い至った考えを、目を半分にまで細めながら、

 

「…………知らないのかよ」

「うぐっ」

 

 痛いところを突かれたかのように飛び出た呻き声が決定打となった。

 やはり寡黙な振る舞いと気難しそうな態度とは裏腹に、存外わかりやすい男だった。

 

「……あんた、一応側近のクセして……」

「し、仕方ないであろうっ………誰であろうと【秘密】一点張りでおられる。決して本心は他者に明かさぬのだ……ただ一人を除いてな」

「……ただ一人、ね」

 

 それが誰なのか。

 該当する人間が脳裏にぼんやりと浮かび上がるが、蒼助はすぐにそれを打ち消した。

 

「それじゃ、解答は直接本人に聞きに行くとするかね」

 

 前へ立つ上弦を通り過ぎ、蒼助は僅か一メートル程度の距離の先にある扉へと近づく。

 

 しかし、

 

「待て」

 

 この期に及んでというタイミングで呼び止めがかかる。

 誰と思考するまでも無く、その主は上弦だ。

 後ろから襟首を掴まれたような気分で蒼助は振り向いた。

 

「何だよ。空気読めよオッサン……ここは、もう何も言わずに」

「見送るべき、だろうな。寸前まで迷った。だが……あえて申す。


 ―――――――しばし待て。手間は取らせぬ」

 

 止められた時点で十分手間となっているというのに、と蒼助は苦虫噛み潰したような顔を浮かべた。

 決して良い予感は感じないまま、蒼助は背後の上弦へと向き直った。

 

 いわゆる王道として一発食らうのだろうか。

 掻っ攫う相手がこの場にいない状態で、それはまだ早いのではないか。

 

 しかし、振り返った先の光景は蒼助の想像とはかけ離れたものだった。

 

「………………何してんの」

 

 目を見張ってから言葉が出るまで数秒かかった。

 まさかの光景とは、今自分の【足元に】あるものだろう蒼助は心内で断言した。

 

 



 床に両膝を付き、同じく両の手の平を押し付けて、頭を垂れ下げる上弦。



 

 

 唐突に土下座の体勢を取るその見えない思惑に対し、蒼助の理解は追いつかない。

 



「おい、おっさ」

 



―――――――救ってくれ」





 戸惑う蒼助の台詞を打ち消し廊下に響いたのは、顔を上げずに紡がれた上弦の懇願の言葉だった。

 呆気の姿勢の持続を強いられた蒼助に、その言葉は弾丸のように降り注ぐ。

 

「あの方を、姫さまを救ってくれ! もう十分なのだ……あの娘は、もう十分に味わった! 骨肉を断たれるような痛みも、奪われた後に残る喪失の虚無も!」

 

 叫びに乗せられた懇願は、尚も続く。

 

「……なのに、何故だ。あの娘には、何一つ………報いも、救いも、与えられぬっ! 過ぎ去った者、今ある者………その中に、彼女の幸せを望む者は……確かにおると

いうのに!」

 

 何故、とやり場の無い怒りをぶちまける姿が、先程の三途と重なって見えた。

 だが、三途ほど錯乱した様子はないのにも拘わらず、上弦の方がより切迫しているように思える。

 

 それが、立つ場所の違い、そして目にしてきたものの違いであることだと気付く。

 

「……なにもせぬまま、このまま逝かせてやれば……生きている間が地獄に等しかったあの娘は、確かに楽になれるかもしれぬ。だが……そんなものは救いではない!」

 

 上弦は、途中滲ませた僅かな迷いを振り払うように、強く断じ、

 

「死ぬことで報われることなどあるはずがないのだ。……仮に、あったとしても……そんな慰めは要らぬ! あの娘に、そんな救いや報いなど………要らぬのだ!」

 

 死による救い。

 少し前まではそれが彼女の望みとして自分の想いも重ねようとしていたことを思いだす。

 きっと、そのまま聞かされていれば自分は酷く動揺し揺らいだだろう。

 

 だが、今はそれを正面から受け止められる。

 そうだな、とそこにこそ想いを重ねることが出来る。

 

 蔵間は他者が他者へ願う幸せなど、押し付けに過ぎないと言っていた。

 その通りだ。本人の幸せなど、正しいものがあるとしたら本人が思うこと以外の何物でもないのだから。

 

 上弦もそれを承知しているのだろうか。

 承知の上で土下座までして千夜の幸せを訴えているのか。

 

「頼む、救って差し上げてくれ! あの哀れなまでにひたむきで、強くも弱き娘を………救ってくれ!」

 

 最後に声が激しく震えた。

 泣いているのだろうか、と思った矢先押し殺すような呻きが続いた。

 

 言葉が噛み潰されて残骸が漏れるのみの沈黙の間、蒼助は思考する。

 これは要求だ。

 是なり、否なり返すのが礼儀である。

 

「……普通なら、"任せてくださいお父さん!"……とか返すのが王道なんだろうけどな」

「…………」

 

 反応を汲むべくそれとなく漏らした呟きを、寡黙な態度で流すように何かも返さない。

 己の返事を見越してのことだということか。

 

 それなら、遠慮は要らないだろう。

 

「悪いな。……その頼みはきけねぇよ」

 

 わかっているのだろう。

 

「……俺は、あいつを救いたくてこの先に行くんじゃねぇんだ」

 

 この内にある想いは、そんな崇高なものはない。

 ましてや純情なものでもない。

 

「俺は、俺の望みを貫きたい。あいつがそれを邪魔しやがるから、連れ戻しに行く。それだけだ」

 

 たったそれだけのこと。

 物語に出てくる、薄幸のうら若き乙女を救おうとする慈悲深く正義感溢れる騎士のような誉れ高い精神など、カケラも持ち合わせていない。

 

 ただの意地だ。

 男としての醜い独占欲と支配欲に塗れた純愛とは懸け離れた情念が、今の自分を突き動かす唯一の動力なのだから。

 

―――――――ふっ」

 

 それまで曝していた激情を吹き飛ばすかのような一息が、上弦の方から吹き出た。

 ゆっくりと上げた顔には、

 

「……痴れ者めが。とっとと行けぃ」

 

 己の願いを袖で振り払われた者のそれとはかけ離れた不敵な笑みが湛えられていた。

 まるで今の答えこそ自分の求めたものであった、というように。

 

 それを受け止め、背中を押されているのだと確信した蒼助は、

 

 

「そんじゃ、行って来る」

 

 

 歪なエールを背に受け、扉へと向き合った。

 

 

 

 

 

 

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