―――――――新條久留美さんですか? 502室でございますが、只今面会謝絶となっておりますので、入室は控えていただきます」

 

 

 

 

 『姪』が運び込まれたという病院に訪れ、部屋を聞いて帰ってきた返事に【新條】―――――――新條(しんじょう)亜樹斗(あきと)は面食らった。



 面会謝絶。

 身内であると最初に言ったはずだったのにも関わらず、そう返された。

 

「あの……ここは完全看護なんですか?」

「お控え願いします」

 

 噛み合わない返しに、亜樹斗は舌を巻いた。

 

 相手との間には会話を遮る【壁】がある。

 それを感じ、察した亜樹斗は観念し、

 

「……わかりました。どうも、ありがとうござい……ました」

「申し訳ございません」

 

 くるり、と背を向けて、歩きながら亜樹斗は溜息をこぼした。

 やっぱりそういうことなのかねぇ―――――――と。

 

 さてどうする。

 待合席に腰を下ろして、亜樹斗は次の行動について考える。

 その片手間に、周りをぐるりと見回した。

 

 周りの患者や見舞い客、来院者は、それぞれが各々の行動に勤しんでいる。

 入院患者同士の会話。

 何かを患って診察を待つ者。

 一見として誰もが穏やかな様子で、亜樹斗の周囲を取り巻く背景となっていた。

 

 誰も知らず、気づいていないのだろうか。

 昨夜起き、今朝の食卓にニュースとして報道された猟奇殺人事件を生き残った少女が、この病院に搬送されたことなど。

 

 

 

『どんな事件が起きようと、所詮テレビで流されることなんて他人事なのよね。実際に事件の起きた現場で生々しい現実見てる叔父さんとしては、そういうのってたまった

もんじゃないわねぇ』

 

 

 まったくだよ、とかつて姪の言葉にその場で返した相槌を、この場で再び思う。

 皮肉にも、脳裏の言葉の主が己の台詞どおりに片付けられる渦中に陥り、そうなって思うことになるとは、あの時は想像もしていなかった。

 

「たまったもんじゃ、ねぇ……」

 

 手で両手を覆って呟いた声は、誰の耳にも聞き留められることはない。

 一種の非情な現実は、仕事の中で慣れたと思っていた亜樹斗の心に、それでもズシリと重くのしかかった。

 

 

 その時、

 

 

―――――――アキ、叔父さん?」

 

 

 疑念を含んだ声は、己の目の前からかけられた。

 声に覚えがあると感じた耳に従って、亜樹斗は手を退かして顔を上げた。

 

 そこには、もう一人の自分の姪―――――――新條香奈枝の姿があった。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 この姪―――――――香奈枝と最後に顔をあわせたのは、彼女が大学を退学する寸前の時だった。小さい頃は構ってやったりしたが、中学、高校と成長していくにつれて

父親である長兄の熱心な教育方針が影響してか、優等生タイプとなって成長していき、たまに会っても昔のようには接することが無くなった。

 最後に会った時、何故か「私、無償の奉仕者になるの!」とわけのわからない報告をしに来て、その後長兄が倒れたことを知った。

 

「……しばらくぶりだな」

「はい、ご無沙汰しています」

「アレ以来、新年会にも忘年会の集まりにも来なくなったからなぁ……。兄貴……親父さんとは、その後どうなんだ?」

「……今朝の、ことで………電話をもらいました」

「………そうか」

 

 食い違って以来、噛み合わないままだった親子を結びつかせたのは、互いの共通間で起きた惨劇。

 本来あるべき和解のきっかけとは、程遠い。

 

「仕事は、大丈夫なのか?」

「夕方までには帰ります。それまではって、チーフに任せてきました。少しでも……くーちゃんの様子を確認したくて」

「面会謝絶だと。ここは、完全看護だから……世話もいらないとさ」

「そう、ですか……」

 

 隣に腰掛ける香奈枝の腕には、来る途中で買ってきたであろう花束が抱えられていた。

 しかし、送り手を見失った今は、その鮮やかな色も若干褪せているように亜樹斗には見えた。

 

「…………」

 

 気まずい。

 約二年ぶりの久々の逢瀬。

 話題になるものが無いわけではないが、この場に出すにふさわしいことがどうかはわからない。

 というより、この場は盛り上がる空気ではない。

 だからといって、このまま何もないままでは気まずさは増していくだけ。

 

 いっそ帰るか、と亜樹斗が最終手段を講じようと考えた時、

 

「………私、昨日くーちゃんに会ったんです」

「っ、昨日?」

 

 突然、香奈枝は懺悔のように衝撃をこの場に零した。

 

「……バイトの子が、急なキャンセルを当日に言い渡してきて……それで、くーちゃんに助っ人をお願いしたんです。友達と出かける予定だからイヤだって、断られたん

ですけど……どうしてもって無理言って午前中だけ出てもらったんです」

 

 そしたら、とそこから僅かに声に張りが出て、

 

「くーちゃん、そのお友達を連れてきたんです。………すっごく綺麗な子で、ユーモアのある面白い子で……新しい奴隷さんなの?とか、思わずからかっちゃったんです

けど…………本当に、友達だったんだと思います。くーちゃんは憎まれ口叩いてたけど……あの子、素直じゃないから。だって、あんなに楽しそうにしてるとこ……見た

ことなかった」

「…………」

「な、のに……っ……どうして、こんな………っ理不尽なことが、あるんですか……っ」

 

 声に涙が滲む。

 やがて、言葉はただの嗚咽に変わった。

 

 どうしようもない沈黙に、亜樹斗は逃亡という最終手段すら絶たれた。

 泣き出した女を置いて一人だけ帰れるほど、新條亜樹斗という男はロクデナシではなかった。

 とんだ拷問だ、と己の左から聞こえてくる泣き声に左耳を苛まれるのをそれでも耐える。

 

「どうして、くーちゃんなんですかっ……どうし、て……。……いたずらが過ぎる子だったけど……困った趣味を持ってたけど……こんな目に合わなきゃならないような、

悪いことなんか……していないのにっ!」

「………そうだな」

 

 いたずらが過ぎる点は、否めなかった。

 だが、普通の少女だった。何処か大人びた冷めた一面を持ち合わせていたが、自分というものがまだ安定しない時期ゆえに実の親とすれ違うなど、何処にでもいるあり

ふれた年頃の娘に違いは無かった。

 それが亜樹斗の姪―――――――新條久留美という少女だった。

 

 そして、殺された両親も同様だった。

 父親は、亜樹斗自身の実の兄だ。次男という立場から要領の良さが目立つ男で、それゆえか柔軟な姿勢と思考を持つ男だった。刑事になりたいのだと己の将来を打ち明け

た時、いい顔をしなかった両親と猛反対した長兄を前に竦んだ亜樹斗を、唯一味方となって弁護してくれて、行って来いとこの道に背中を押し出した。

 母親は、しっかり者だったが柔らかい思考を夫と共通させる義姉だった。結局、親の反対を振り切る勢いで刑事という仕事に就いて家も出た亜樹斗が、慣れない新生活に

生活バランスを崩させる得なくなったところを見かねて何度も夕飯に招いてくれた。

 

 他人を茶化すのが三度の飯よりも好き、という困った面もあったが、何処にでもある普通の家庭だった。普通の家族だった。普通の親子だった。

 

 しかし、今はもう無い。

 昨日までは確かに存在していたであろうものは、今日という日には存在していない。

 在るのは、【壊れてしまった】という事実と、この病院の何処かに保護されているはずの、生き残ったその片割れだけだ。

 

「……とりあえず、こんなところで愚痴をこぼしあっててもしょうがいないだろ。一旦帰れ。面会できるようになったら、お前のところに真っ先に行くように頼んどくから」

「おじ、さん……は?」

「俺は暇つぶしにもうちょっと、な。今回の事件で、署が騒がしくってよ……いると邪魔になるって忙しい連中に睨まれるんでな」

「…………担当に、就かせてもらえなかったんですか?」

 

 何処か縋るような言葉に、亜樹斗はその意図がどういったものなのかを理解するのに時間はいらなかった。

 

 可愛がっていた従妹の無念を晴らしたくとも、自分ではそれは正当化してもらえない。何より無力である。

 だからこそ、その権利を許された存在である刑事の亜樹斗に犯人の逮捕と裁きを託そうと思っていた。そんなところだろう。

 

「………本庁に持ってかれちまったよ。ひょっとしたら、少し前まで渋谷で連発してた猟奇殺人と共通かもしれないっていうんでな。こんなデッカい事件は、所轄には任せ

ておけんとさ」

「あの、事件に……?」

 

 さっと青ざめる香奈枝の反応に、無理もないと思う。

 彼女にとっても他人事であったことが、身近の人間に降りかかった可能性があるのだ。ニュースを見ているのなら、それがどれだけ残虐な殺された方をしていたかを耳に

しているはずだ。

 

「ニュースで散々騒いでいましたけど…………まさか、本当に?」

「……多分な。これぐらいしてくれよ。これ以上は情報漏洩になるから」

「ぁっ………すみません」

 

 ハッとした表情は、すぐに気落ちしたそれへと沈むように変わった。

 謝ることではなかった。

 寧ろ、謝るのは自分の方だと、亜樹斗は口にはしないが内心にその想いを満たした。

 

 無念を託すことすら、許してやれないのだから。

 

「まぁ、しかし………本庁が総動員してかかってるんだ。この事件は、解決する。きっと」

「………そう、ですよね」

 

 言葉を紡ぐ傍らで、しょうもない気休めだな、と自分の言葉選びのセンスのなさを失望した。

 だが、これ以外に思いつかない。

 己以上に何をできないことを定義付けられた姪を、慰めてやれる言葉は。

 

「それじゃぁ………失礼します」

「ああ」

 

 一礼して去っていく香奈枝の後ろ姿を亜樹斗は見送る。

 次に会うのは、通夜か葬式の時だろう。

 その時までに事件が何処まで進んでいるかは、見当もつかないが。

 

 ただ無心にその背中が小さくなっていく様を見つめていた亜樹斗の脳裏に、不意に浮かび上がる言葉があった。

 

「……理不尽、か」

 

 先程、香奈枝が連ね零した言葉の中の一部として出てきた言葉だ。

 香奈枝自身には、今回の事件はどうして自分の従妹が巻き込まれなければならなかったのか、と納得し難い部分が大きいのだろう。

 

 無差別なら誰だってよかったはずだ。

 なのに、どうして久留美を選んだのか―――――――と。

 

 香奈枝の言い分は正しい。

 悲劇をこうむった際には、誰もが思うことだ。

 これも一つの正論の形である。

 

 だが、思い起こすのはそれを否定した人間の言葉だった。

 そんな奇異な人間に亜樹斗はかつて出会った。

 

 確かアレは、香奈枝と同じことを自分が言った時だ。

 香奈枝と同じように、自身のことではなく他人の不幸に対し憤ったのだ。

 

 その時の相手の反応は、忘れるはずも無い。

 まさかの返しだった。

 

 

 

『理不尽? 何が、理不尽ですって? 貴方は知らないのね。―――――――この世に、理不尽なことなんて何一つ無いのに』

 

 

 

 

 こちらを嘲るようだった。

 或いは、諭していたのかもしれない。

 どちらにしろ、【彼女】は自分の言葉を否定した。

 

 

『ある意味では、平等ですらあるのよ。貴方は、どうして私だけがこんな目に合わなきゃならない、と―――――――言ったわね。別に、たいした理由はないのよ。道端で

落ちている百円玉を拾うのは誰かってくらいのことなの。ふとしたきっかけで、それが偶々私だっただけ。何かの拍子で私ではない誰かが、私の立場にたって同じ目にあ

っていたかもしれない。世の中に、【絶対】なんてない。そんなものは、存在しない。必然もない。私でなければならなかった、なんて……決定的なものは無いのよ。そ

んな何時何処で何が誰に起こるかわからない不確定で不安定な世界で、私は生きているの。……だから、私は私を悲観しない。そんな必要は無い。……貴方が、私を哀れ

む必要も無い』

 

 

 他人からの慰めを、あれ程シビアに容赦なく徹底的に切り捨てた台詞は、己の人生の中でもう巡り会うことはないだろう。

 

 しかし、【彼女】は間違いなく、誰よりも【被害者】だった。

 悲劇ぶっているなどという嫌味の類が付け入る隙も無いほどに。

 

 あの時は、彼女の言い分が理解できず、ただ呆然とするだけだった。

 拘わるにつれて、己の中で増していく【彼女】という存在を知るまでは。

 

 

 ………君は、強かった。

 

 

 悲観は自分への甘えだと言わんばかりに、【彼女】は自分を省みることの無い女性だった。

 君にはそれぐらい許されてもいいのに、とそんな【彼女】から目を離せなくなっていったのはいつかの自分だ。

 

 しかし、と思う。

 【彼女】の言い分は、実際のところ正しかった。

 だが、その現実を受け入れることができるのは、僅かというほどにも届かない少数だ。

 

 

 ………誰もかれもが、君のように強いわけじゃない。

 

 

 比べるようなことではないが、こうしてあの時の【彼女】と似たような状況が出来上がっていると、無意識に隣に並べてしまう。

 

 

 ………あー、まただ。

 

 

 【彼女】を思いだすのは、いつでも何かと比較する時に決まっている。

 この年まで一人身なのもそれが原因だ。

 紹介、或いは出会う女に対して引き出すのは、記憶の中の【彼女】だ。

 

 どんな女と出会おうとも。

 誰もが賛辞するような極上の女を眺めても。

 親戚から紹介で、見合いをしても。

 

 【彼女】には劣る。

 そう感じるのは、亜樹斗の心だった。

 

 

 ………こんなこと、考えている場合じゃないっつーのに。

 

 

 肉親が死に、姪が地獄を見た。

 こんな状況で、過去の未練に浸っている自分は、とんでもなく不謹慎だろう。

 

 己の姪と【彼女】を無意識のうちに比較していた思考を、馬鹿なことを考えているんじゃないと叱咤して打ち切る。

 さてどうする、と無理矢理切り替えようとしたところ、

 

「っ、?」

 

 突然ロビーで響くランボーのテーマ曲。

 ズボンのポケットの中で、着信を知らせる亜樹斗の携帯電話だった。

 げ、と慌ててズボンから抜き取ろうとするが、焦りが単純な行動を手間取らせる。

 

 その合間にも突き刺さる周囲の責める意を含んだ視線。

 四方八方から受けた亜樹斗は不意に合った一つの視線に、一気に体温が下がるのを錯覚した。

 

 

 

 視線の主は、先程対応した受付の看護婦。

 彼女は笑顔だった。

 完璧な笑顔。しかし、何故か首筋がピリピリする。

 何も言わない。しかし、それが無言の威圧感であることを本能が察する。

 

 

 

 先が立たなかった亜樹斗の予定は、強制的に決まる。

 

 

 

「しっ………失礼っ!」

 

 

 そして、風になった。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ひとまず病院を出た。

 安全領域に入ったか、と自動ドアを通り抜けて、玄関の外で止まり一息。

 そして、鳴り続ける携帯電話を開き、

 

「……はい、新條です」

『もしもし、牧原です。先輩、随分長かったですね』

「ったりめぇだ………てめぇ、病院にいくって直前に言ったの忘れたのかオイ」

『ああ、そういえば……。すみません、失念していました』

 

 ほとんど反省した様子は感じない。

 棒読みにも程がある声色は、亜樹斗の文句よりも早く己の用件を先手として打ち、

 

『先輩。侘びに忠告しますので、許してください。……しばらくこっちに帰ってこない方がいいですよ』

「あ?」

 

 それは一体どんな忠告なのか。

 答えはすぐに返ってきた。

 

『あいつらが来たんです』

「……あいつら?」

『昨日話した話題の連中ですよ。―――――――降魔庁です』

 

 明確に定めたその言葉に、新條は一瞬思考が止まった。

 

『やって来るなり、こっちで採集した昨日の事件の資料全部持っていっちゃったんですよ。本庁の連中の抗議や文句は総無視です。おかげで、署は荒れて空気最悪な状態

なんですよ。今帰ってくると意味も無く格好の憂さ晴らしの的にされますから、しばらくそっちの方で暇潰しでもしていた方が身のためで………』

 

 後輩・牧原の声は途中で聞こえなくなった。

 降魔庁。

 その名称が、異常な速度で亜樹斗の思考を占めていく。

 

 降魔庁が、今回の事件に介入してきた。

 その事実が提示することは、二つ。

 この事件は、やはり彼らの管轄内であるということ。

 

 

 そして、もう一つ。

 普段、隠密行動に徹する彼らが表に出てくるという【異常事態】。

 

 二つの事項確認を終えた亜樹斗は、心臓が信じられないくらい大きく速く脈打っているのに気づいた。

 

 動揺。

 驚愕。

 緊張。

 三つの要素が、亜樹斗の心臓の脈拍を大いに乱す。

 

 まさかという杞憂で済まないのでは、という予感。

 否。予感は、既に更なる発展を遂げようとする予兆すら見せている。

 

―――――――先輩………新條先輩。聞いてるんですか?』

「っ、ぁ? ……ああ、悪い」

 

 ハッと我に返った亜樹斗は、後輩との回線がまだ繋がっていたことに気づいた。

 

『……姪御さんは、どうでしたか?』

「………いや、会えなかった。面会謝絶でな」

『そうですか。………しっかり、してくださいよ。ボケるには、早すぎますよ』

 

 気遣っているつもりなのだろう。

 だが、最後の一言が余計だ。

 

「どーも、アリガトよ。………そんじゃ、ご忠告に甘えてしばらくこっちの方をブラブラしてくから、そっちでなんかあったらまた連絡い――――――

『………………新條さん? どうし―――――――

 

 向こうの声は突然途絶えた。

 原因は、亜樹斗の携帯電話の充電切れを起こしたのだ。

 ここ最近、充電に使う暇も気にすることすらなかったためだ。

 

 だが、亜樹斗の言葉が途切れたのは携帯電話のせいではなかった。

 

 目が乾き始めた。

 しかし、見開いたままの目は一点を釘付けにしたまま閉じることも逸らすことも無い。

 

 

―――――――……ん? あんたは……」

 

 

 目の前に向かう合う二人のうち一人が、亜樹斗に覚えのあるような反応を見せた。

 亜樹斗には無い。

 

 だが、彼らが身に付ける衣服で、彼らが何者なのかをすぐに理解することはできた。

 

 

 

 

 ―――――――黒いスーツ服。

 後輩は、これを喪服のようだと言っていたのを亜樹斗は思い出し、感心した。

 なかなかいい勘をしている。きっと、彼はこの仕事に向いているだろう。

 

 

 

 

 何故なら、少なくとも亜樹斗にとって、その黒ずくめの制服は不吉の象徴だった。

 なにせ今だに街で黒い服を見かけると、反射的にビクつく癖が直っていない。

 

 

「ご、うま………」

 

 

 

 

 降魔庁。

 

 十八年前のあの日。

 同じ衣服を着た者に付けられた腹部の傷跡が、服の下で久しく疼いた。

 












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