血走った目が蒼助を見据えていた。
赤いのは充血のせいだけではない。瞳そのものが赤いのだ。
魔の領域に踏み込んでいる証を宿した"それ"は爪を振りかざした。
「ひゅっ……」
身を屈めて避けた直後、蒼助の背後の壁が粉砕音と共に砕けた。
その怪物は、女の外見からは想像も付かないような破壊力を見せ付ける。
「ったく、せっかく美人なんだからよ。もう少し愛想良く笑ったらどうだ……」
蒼助の軽口に、"それ"は奇声で応えた。
よく見知る、今まで相手にして来た存在とは違って、この怪物は一つの本能に従うだけらしい。
それだけに容赦ない。
最初に見かけた時に見せていた、鈍足で鈍重な動きとは別物のように俊敏で、獣のように鋭い。
だが、
「攻撃パターンが単調なんだよっ!」
手首が壁に埋まって動けないその隙を突き、かがんだその位置から腰から左肩にかけて太刀を一閃。
一つのことにしか意識を向けられないと思われる怪物は、手首を引き抜くことに気を取られ呆気なく黒い飛沫を吹き散らして倒れた。
ふぅ、と一息つき、周囲を見回すと切り伏せた怪物たちが物言わない塊となって転がっていた。
「………一段落ついたか。………つーか、何なんだこいつらは………」
言葉の途中、怪物の屍骸は黒くくすみ塵になり始めた。
この校舎の魔性は何かおかしかった。異常だ。
肉食獣のような本能のみの凶暴な思考と、それ同様の俊敏さ。
獲物を狙う目には歪んではいても辛うじて理性と呼べる知力は欠片も感じられなかった。
かつてない相手に、蒼助は動揺と違和感を隠せなかった。
倒れているうちの一体に蒼助は歩み寄り、その血の気の無い虚ろな顔を覗き込む。
「やっぱり………前と同じ奴だ」
おかしな点はもう一つあった。
場所を移動し、帰って来るとそこで倒したはずの魔性が復活している。
それはまるで、RPGゲームでいうダンジョンの中でフロアを移動する毎に敵が復活するシステムを模しているようだった。
氷室と渚と分かれてから、校舎を散策していたがやはりこの空間に徘徊しているモノは何かが違う。
今まで相手にしてきた魔性とは、違う。
「ああ、ちくしょうっ。………厄介な事に首突っ込んじまったなぁ、くそったれが」
げしっと八つ当たりに塵芥になりかけだった屍骸を蹴った。
ぼろり、と乾いた泥団子のように崩れていく様は、なんだか気味が悪い。
あの氷室二人はともかく、昶と七海が気にかかった。
あの二人は他二人と違って、退魔活動をしていない。
この家業の家に生まれたら教育は受けているだろうが、そんなものは実戦ではあまり役に立たない。 実際の戦闘ではマニュアルなど存在しない。ましてや、相手は人外の存在。
卑怯や真剣勝負などという理屈は通用しない。
信用していないというワケではない。
だが、やはり経験が足りないという点を考えると、どうにも不安を拭えない。
「下降りて昶達と合流するか、それとも他を回ってみるか…………どうす――――――――」
言葉の途中、蒼助は心臓の鼓動が一瞬止まったような錯覚に陥った。
背後から感じたとてつもない『殺気』の圧迫によって。
「――――――――っ!?」
バッと振り返るが、そこには誰もいない。何も存在しない。
だがビリビリと肌が、感覚が、感じる。
確実に存在する何かが放つ、寒気がする程の殺気を。
「魔性、じゃないよな………」
魔性程度が、こんな全身を刺すような殺気を分泌できるはずがない。
これは『人間』だ。それも並大抵の戦闘力ではない屈指の実力者。
身体が、心が、怖いと感じるほどの化け物。
同時に懐かしい、と思った。
今もう、決して対面する事が叶わなくなった『あの殺気』に近かった。
浸っている場合じゃない、と我に返り殺気を辿る。
根源となる存在はここにいないのは確かだ。だが、近い。
向こうもこちらに気付いており、近づいて来ている。
「…………あの階段の曲がり角………か」
触らぬ神に祟りなし、などと言ってもいられない。
向こうがどういうつもりであるにしろ、このまま逃げて背を向ければ、何をされるかわかったものではない。
できることは、やるべきことは、この正体知れない存在を攻めに入らせる前にその攻撃を防ぐなり受けるなり、あるいは先制として一撃食らわせるしかない。
「やらなきゃやられる………ったく、何でこんな状況で人間の相手なんか」
足音は聞こえない。恐らくは消しているのだろう。
おかげで今どれほど近づいているのか、感じづらくて仕様がない。
人間と思われる相手が、どういった理由でこちらに殺気を向けて来るのか。
どうして、こんなところに迷い込んだのかは知れない。
だが、蒼助にとってそんな事はもはやどうでもいいことだった。
考えていられる状況ではなく、一つ行動を間違えば確実に『死』が訪れるギリギリの一線上を歩いている状態。
人間だから、と安堵などしていられない。
……………っ今!
徐々に曲がり角の死角へと近づいていた蒼助は、相手と自分の距離がギリギリのところであることを気配のみで察する。
飛び出した。
「――――――――っらぁ!」
早く、速く、疾く。
捻りをかけた横一閃を飛び出す同時に振るう。
が。
手応えは肉を引き裂く感触ではなく、金属音響く硬質な噛み合い。
……ちっ、外し……。
次の二撃の為に間合いを取ろうとした時、蒼助は相手の顔を真っ正面から見た。
瞬間に目を見開き、声を荒げた。
「……な、お前っ……終夜!?」
「………玖珂?」
蒼助の渾身の速さを以て放った剣閃を、同じくして刀で受け防いだその人――――――――終夜千夜がきょとん、と目を瞬かせた。―
◆◆◆◆◆◆
「まぁ、というわけだ。事情はわかったか?」
「わかるぁぁぁぁぁっ!! 作者の描きやすいように説明を省略するんじゃねぇ!」
第三者の想いを代弁すると、千夜はやれやれと言わんばかりに肩を竦める。
「だから言ってるだろう。あの蛙男なら、札で五階の図書室に閉じ込めてある。しばらくの間は出られはしない。とりあえず、私は下で待たせている人間が一人いるんでな……一旦戻る」
「それは聞いた。そうじゃなくて、何でこんなところにお前がいるかって聞いてんだよ、俺は」
「放課後の人がいなくなって静かな図書室で優雅に読書に耽っていたら、野暮なことに発情ガエルが襲ってきたんだ。人質とられて、ストリップショーを強要されそうになったところをなんとか隙をついて一般人連れて必死に逃げてただけなのに……」
「……だけ、で済む内容じゃねぇだろソレ」
しくしく、とわざとらしく涙を浮かべる千夜のその仕草は、とりあえず無視する。
涙は自在に操れると以前言っていたからだ。
「で、その自称被害者が、何でそんなエラく物騒な代物片手にこんな化け物が徘徊するところ歩いているんだ?」
「後始末だよ。身の程知らずな真似をした代償を、その張本人に払ってもらおうと思ってな………その死を以って」
突然低くなった声に、蒼助は背筋に薄ら寒さを感じた。
辺りの気温が一気に下がった感覚の中で、ゴクリ、と息を呑み黙っていると、
「まぁ私はこれから一旦顔見せに戻るが、お前はどうする? とりあえず、上に行ってアレと闘うのだけは止めておくべきだがな」
「ああ? 何言ってやがるんだ、てめぇは……何のために俺がここにいると」
「何処で嗅ぎつけたかは知らないが、この結界に巻き込まれて仕方なくなら止めておけ、仕事絡みならもっと止めておけ。アレは"お前たちが"的と認識して日頃倒している輩とは、ワケが違うぞ。悪いことは言わん。私が何とかするから、ここらで腰を落ち着けていろ。私も。数少ない気の置ける友人をこんなことで亡くすのは嫌だ」
「何っ……」
小馬鹿にされた、と感じ取った蒼助はギラリ、と元々きつい目付きを更に鋭くし千夜を睨みつけた。
馬鹿を見下すのは大歓迎だが、見下されるのは死ぬ程我慢ならない。
「いい加減にしろよ……これ以上ふざけた事抜かすなら……」
「"ただの魔性程度"なら、私はここにいない。こんな結界、強引にでも破って降魔庁にでもまかせて今頃家族と夕飯の真っ最中さ。"素人"には任せられないから、私が片付けるんだ」
「……っ、素人だの、先からワケわかんねぇコトばっか言いやがって……こっちにわかるように説明しや」
全く意味を解せない事ばかり言いつつ、尚も拒絶する千夜に食って掛かろうとした。
その時、蒼助の頭上の先から轟音が響いた。
◆◆◆◆◆◆
見る影も無く破壊された扉。
もはや怪物を閉じ込める隔てとしての役目を終えたそれの残骸は、床に無数の破片となって転がっていた。
その一つを部屋の奥から現れた影が、力いっぱい踏み潰した。
影――――――――神崎は、生暖かい息を吐きながら口を裂けんばかりに歪めた。
「かかっ………手間取らせやがって」
血行の悪い紫色の血管を張り巡らせた腕を、ぐっと撓らせる。
どくん、どくん、と脈動するそこは、血液ではない何かも一緒に流れているようにも見えた。
「こんな紙切れ一枚で…………俺を閉じ込めておけるかとでも思ったかよ。
舐めてもらっちゃ困るぜぇ、お姫様ぁ」
床に皺が寄ってボロボロになった札を拾い上げると、それを千々に破り捨てた。
獲物である少女の気配を探る。
すると、神崎の眉が寄った。
当初、閉じ込めたのは千夜とあの新聞部の煩い女だけだと思っていた。
けれど、改めて【結界】内の【氣】を探ってみると、他にも複数の別の【氣】の存在を感じれた。
……まぁ、いい。
どれだけいようと殺してしまえばいいだけの話だ。
今の自分に敵う者などいない。蒼助も、千夜も、誰一人。
そうだ、あの新條久留美だけは千夜と一緒に殺さずに残して置こう。
千夜の目の前で、長くじっくり苦しませ痛ぶりながら殺す。
そして、千夜に言うのだ。
お前のせいで死んだのだ、と。
転校して新しく出来た友達を失った時、あの女は、あのすかした表情をどんな風に歪めて絶望するのだろうか。
考えただけで、身体が快感に武者震いしそうだった。
「くかかっ……」
サディスティックな笑みを深くした神崎は、明確な位置を割り出した。
しかし、弾き出された結果に神崎の顔が訝しげに歪められる。
場所は三箇所。
一つ目は三階。二つ目はこの下の四階。
そして、最後の三つ目は――――――――。
「"ここ"、だとぉ?」
おまけが迷い込んだのか?
と、その【氣】を感じる前方に目を向けた――――――――その時だった。
「――――――――っ!?」
神崎の目に飛び込んで来たのは、闇の奥から現れた無数の――――――――"光"。
閃光に近い形で現れたそれは神崎に咄嗟の反応すら与えずに一斉に襲いかかった。
辿り着いた"光"は勢いを衰えさせる事なく、神崎の周囲を飛び回り神崎を切り刻む。
突然の事態を把握は出来ないものの腕で庇いながら、周囲を見れば、飛び回っているのは白く発光する『鳥』だった。
服と共に皮膚を切り刻まれていく神崎は、激しい苛立ちを覚える。
何故、自分が鳥にコケにされなければならないのか。
元々、皆無に等しい忍耐の沸点を超えた瞬間、神崎は吼えた。
「こ、、、、、っのクソ鳥どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!」
天を仰ぐ咆哮と共に解放された力は、衝撃波となって周囲を飛び交う鳥達のその小さな身体を襲った。
強烈な神崎の反撃に、為す術無く吹き飛ばされていく無数の白。
「ははっ……ざまぁ――――――――」
落ちて行く様を見て嘲笑っていた神崎だったが、その表情は驚愕に塗り替わる。
地に伏した一羽の白い光が一際強く光った。
そして、それに続くように落ちて行く、同じように床に伏すそれらが光り出す。
次の瞬間、鳥達が一斉に閃光を発して炸裂し、廊下一体を白く飲み込んだ。
「何が……ぐあっ」
激しい発光に目が眩み、視界が妨げられる。
軽くパニックに陥った神崎は、開けられない目を擦りながら正常な視界を取り戻そうとする。
戻り始めた視力で、最初に捉えたのは辺りを舞う細かい紙切れだった。
「ち、くしょう………一体何が」
「式神だよ。知らないの?」
背後で聞こえた声に、反射的に振り返る。
神崎の回復した視界が捉えたのは、跳躍の中で二本の短刀を振りかぶった少女の姿だった。
一度の瞬きの瞬間、額から左目を通り顎、左から喉仏をかけて右を一直線に斬り付けられた。
黒い線二つが、スッと表面に引かれる。
次の刹那、そこから黒い飛沫が上がった。
「ぎ、やあああああああっ!!」
絶叫と共に傷ついていない目がぎょろり、と動き、得物を振り切り片膝ついて着地した相手を見据える。
「て、め、ぇぇぇぇ、ぇぇぇぇっ!」
憤怒と怨嗟をあげて、見る見るうちに尖りきった凶悪な異形の手と化した右手。
それを躊躇も遠慮もなく少女に振り下ろした。
少女は怯みもせず、己の眼前で両手の短刀を十字に交差し、
「アマテラスオホミカミっ!」
一句一句力強い調子で紡がれた言葉の直後、少女と神崎の間に見えない"何か"が隔てるように発現した。
それの強烈な拒絶に、神崎はその場から吹き飛ばされる。
下がる機を得た少女は、神崎との距離を充分取れるところまで跳び退いた。
「どう? 攪乱させて隙を打つとしては、なかなかイイ線いったんじゃない、俺」
その背後、闇からテンポに乱れのない足音を響かせて一人の青年が現れた。
かけた眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、無愛想に評価した。
「………まぁまぁ、だ」
「え〜、俺は百点だと思うけどなぁ……」
「渚、無駄口を叩くな。………これからだ」
神崎は愕然とした。
唸るような声で、その男の名を口にする。
「氷室………雅明っ」
男――――――――氷室は向けられた敵意にも微塵も動じず、受け流す。
「昼間言ったはずだな、神崎陵。"外れる"という事がどういうことを指すのか、どのような道を辿るのか…………」
何時取り出したのか、氷室の人差し指と中指の間には札が挟まれていた。
揺らぎの無い水面のように静かな眼差しの中に、確かな戦意を浮かばせ、
「そして、これがお前の末路。破滅と言う名の片道だ」
感情の起伏を感じない調子だが、敵意が籠っているのは神崎にはわかった。
神崎は身を震わせた。
ふつふつ、と内側で沸き上がって来る感情――――――――歓喜、によって。
やはり人間など止めて良かった、と改めて思う。
どれだけ憎しみを込めて視線を向けても、この男は欠片も関心を向けなかった。
己の眼中にないとばかりに。
それがどうだ。
今、あの氷室雅明が――――――――敵意をこの一身に向けているではないか。
「は」
知らずのうちに、神崎は笑っていた。
裂けんばかりに、口を歪めて、
「くく、くはははははははっ……」
「何が可笑しい」
突然笑い出した神崎を冷たく見据え、氷室は尋ねた。
神崎は笑い絶えないまま、間間に答えを返す。
「ははははっ……別に、おかしくねぇよ。………ひっひひひ……嬉しいんだよ」
そう、嬉しい。
何故か?
決まっている。
「――――ようやくてめぇをぶちっ殺せるんだからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
絶叫と共に、神崎の潰されたはずの目がカッと見開いた。
血が流れ込むそこにあるのは、澱んだ光。
爛々と輝く狂気。
そんな神崎の狂態を冷静に眺める氷室に、若干ヒいている渚が向いた。
「殺る気だねぇ、彼。………どうする、向こうは準備万端みたいだけど………とりあえず、"挨拶"しておこうか」
「……………」
「露骨に嫌そうだね。もういい加減慣れなよ、マサ。しょーがないでしょ、決まりなんだから」
氷室と渚は降魔庁に所属して、三年になる。
そこに所属した退魔師には、討伐の際にしなければならない"ある事項"があった。
所属当初も現在も、この行為は氷室は酷く受け入れられないでいる。
「はーい、いくよー………国家退魔機関【降魔庁】所属退魔師、氷室雅明並び朝倉渚」
「……………我ら、日出る国の民の庇護を担う者として」
渋りながらも、
『闇よりいずりし汝を闇に帰す』
◆◆◆◆◆◆
建物全体が振動する程の轟音。
何の前触れの無い突然の出来事に、蒼助を顔を上げ、
「何だ今のは………この上か?」
頭上は、千夜が先程言った『神崎が閉じ込められている図書室』があるはずだ。
そこで蒼助はあることを思い出す。
「そういや………五階っつったら、氷室達が向かったはずだったな………」
何気ないその言葉に、千夜は過剰なまでに反応を示した。
「何だとっ!? お前、一人じゃなかったのか………」
「んなわけあるかよ。大体、この件にだってなぁ、氷室が人の生活がギリギリなのをつけ込んで仕事と称して無理矢理だなぁ……って聞いてんのかよ!」
「……あ……何?」
とても聞いているようには見えない千夜は額を抑えて、眉をピクピクさせている。
怒っています、を身体で表現された蒼助はう、とたじろいだ。
「な、何怒ってんだよ……突然」
「怒ってなんかいない」
「………いや怒ってるだろ」
眉間にしわ寄せて、整っているだけに目が細まるとそれだけに迫力があった。
千夜は、怒りを振り切るように深呼吸を繰り返し、
「………行くぞ」
突然の言葉に、何処に、と返してしまい、
「上にだ。お前の仲間が下手打つ前に……あの蛙を殺す」
「下手打つって………。お前、知らないから言うんだろうけど、アイツ等は……」
「腕利きか? そんな肩書きは関係ない。澱の上での実力など……アレを前では滓だ」
「………っっ!」
蒼助は切れた。
こらえていたが、現界だった。
千夜のブラウスの第一ボタンが弾け飛びそうな勢いで、胸ぐらを掴み上げる。
が、千夜の顔は憤怒の蒼助の迫力にも少しも揺らぎもしない。
それどころか、諭すように、
「聞け、玖珂。………アレはお前達が知る、衰弱した退魔概念の影響を受けた三下じゃない。アレは、"澱"から這い出てきた怪物だ。深く、暗く、澱みきった底に沈む澱そのものだ。奴の前では、お前達………澱の上の人間が扱う術、力、常識は一切通用しなければ、意味も為さない。あの怪物をどうにか出来るのは、同じ澱に沈む者だけだ……」
「……澱? …………お前、一体何言って………」
問いは最後まで紡げなかった。
それすら待たず、周囲に無数の気配が出現する。
「ちっ……」
千夜は舌打ちすると、蒼助の手を振り解き、
「話はまたの機会だ。今は、コイツらを片付けるぞ」
気配はやがて、人の姿形をとって存在を確定させた。
それは、先程蒼助が倒したはずのここ四階を占拠していた化け物達だった。
周囲を囲むように現れたそれに蒼助は、下ろしていた太刀を再び構え、
「……おい、これにだけは答えてもらうぞっ」
「何だ」
「こいつらは一体なんだ、どうなってやがる。殺しても殺しても甦って来るんじゃゾンビより性質が悪ぃぞ」
「この連中は、そのものを倒してもその場しのぎだ。二度と目にかかりたくないなら、
親玉を潰すしかない」
「……っ、どうあっても上に行かなけりゃならないのかよ」
今日という日はとんだ厄日だ。
蒼助はつくづくそう思いながら、最も身近にいた化け物の首を斬り飛ばした。