―――――――御月千夜。
その名を、夢ではなく現実で肉声によって呼ばれるのは、随分久しいことだと感じた。
「君、だよね?」
再度来る確認の問い。
千夜が返す答えは決まっていた。
「……ああ」
「だからといって、本名でもないよね? 君の顔の一つ………ということにでもしておくべきかな」
「好きにしろ」
「しっかし、凄いね。パッと見ただけじゃぁ、同一人物だと認めるのは難しかった。何せ、どういうわけだか面影はあるけど外見はもちろん性別が違ったからね。
………ちなみに、どっちなの?」
「企業秘密。いろいろ面倒な事情が絡んでるんでな、スルーしてくれ。俺もお前の女装云々には触れる気は無いんだからな」
「ふーん……まぁ、いいけど」
了承の気配を感じ、千夜は一つ手間が省けたと小さく息を吐いた。
感じた通り、渚はそこ離れて先へと話を転がす。
「調べてみたら、その学校は三ヶ月前に不良生徒とその一味のグループが校内に立て篭もって占拠するって結構大きな事件が起きたらしい。その後、無事に多数の怪我人と
元凶の生徒たちの退学で事が収まった………と、表向きにはそういう話になっている」
「表向き……ね」
「……ああ、そうさ。その学校には―――――――降魔庁の処理がかかっていた」
「処理、とは?」
「校内には、降魔庁が一般人に事が露見するほどの甚大な被害を出してしまった際に使用する記憶操作の暗示用の霊符が貼られていた。時間がかなり経っているせいで自然
消滅しかかってるところだったから、あと少し遅かったら見逃すところだったよ」
千夜も、耳にしたことはある。
世俗の人間に、こちら側を垣間見られることは珍しいことではない。
日常と非日常は常に隣り合わせ。互いがいつ何らかの拍子に接触及び干渉を起してもなんら不思議なことはない。
そして、日常の人間が誤って、或いは不可抗力で非日常に拘ってしまった際には―――――――【処理】を必要とされる。
日常と非日常に境が無かった時代は当に過ぎた今となっては、壁の崩壊を招く要因は潰さなければならない。
魔性との戦いを人々から隠す為の【結界】と共に、退魔師には最低限必要とされる―――――――【記憶処理】は、その為にある。
手順は三段階ある。
まずは部分的な『消去』。そして、次にぽっかりと開いた空白部分を押しつぶすように前後の記憶の『接続』。最後には、どうしても残る違和感に対して意識が向かない
ようにする『暗示』だ。
これら三つの作業によって、【記憶処理】という精神操作は成り立つ。
そして、降魔庁は広範囲にそれを施す為に特殊な霊符を用いる。
記憶操作を施した上で、その関連者たちが日常的に行き通う建物や場所に霊符を設置しておき、その領域下で過ごすことで補助的な効果を対象に促す。
霊符は自らが持つ効力を発揮し終えると自然消滅する。
その頃には、対象からは完全に違和感も全て取り去られ、完璧な修整が成る。
あの学園に施された処置は、被害に合わせて長い期間をもって行われていたらしい。
そして、それがそろそろ完了するという手前で、渚に痕跡を発見された―――――――ということだろう。
「俺達は、この学園で起きた事件と……今回の神崎の手による連続猟奇殺人事は大きな共通点があるんじゃないかと思っている」
「何を根拠に、そう思うんだ?」
「………降魔庁は、どうして未然に防げなかったんだろうね」
「…………」
既にある推測を渚が語り出す。
語り口たる僅かな片鱗に、千夜は表情を僅かに変化をみせる。
「さすがにもう辞めた身だし資料を直接漁れなかったけど……その学園で何があったかは大体見当がつくよ。………一つの学園全体に被害を及ぼすほどの事件。降魔庁は、
どうしてそうなる前に事前の処置や対処を行わなかったんだろう。俺達は、これをこう解釈した。しなかったんじゃない……出来なかったんだ。
何故なら―――――――気付けなかったから」
話はそこから一気に加速を描き出す。
「降魔庁の探知機能にひっかからなかった……そうだとしたら、この事件と今回の件はまるで同じだ。探知から逃れられる同じ……もしくは酷似した同種の害敵が潜んで
いたという可能性は十分汲める。そして、その事件を……降魔庁は、ある事件と同様に隠蔽した。これで二つの事件が共通であるという可能性は更に高まる。そして、トド
メが―――――――君だ」
渚は矛先を再び千夜に定め、
「三ヶ月前の事件に何らかの関与をしていたと思われ、そして今回も………。君が、加害者か被害者か、ただ巻き込まれただけの傍観者か……どの立ち位置にいるかはわか
らないが………けれど、真相に関する何か知っている………そうだろう?」
問いに対し、千夜はそこでようやく沈黙してから初めて言葉を発した。
ハッと短い笑い声という前置きをして、
「…………随分、遠回しな聞き方に徹しているな。今更遠慮なんてしても白々しいだけだぞ? 俺が当事者であると既に踏んでいるから、ここに来たくせに」
「質問の答えになっていないんだけど」
嘲弄には一切喰いつかず、渚は揺るぐことなく追求の姿勢を固定する。
千夜は少し感心し、それに免じて答えを放った。
「………ああ、すまなかった。だが、その前に一つ訂正させてくれ」
「何をだい?」
「降魔庁の隠蔽についてさ。お前の元勤め先が隠蔽した事件はそいつと二十年前の事件だけじゃない。
―――――――その間にもう一つある」
「っ、何だって……」
渚がここでついに揺らいだ。
認知しない事実だったが故か。
「………そいつが現れたのは、三年前。降魔庁の特殊斑によって処理された。その時も勿論今回のように、若手の所属退魔師の目からは隠された。そいつらは、処理が済む
まで地方の仕事に飛ばされ、処理が済むまで東京からは遠ざけられたからな。討伐対象だけではなく、時間すらも敵に回して大忙しさ。……ところで、お前。あそこには、
いつから所属していたんだ?」
「に、二年くらい、前から……」
「そうか。なら、知らなくて当然か……一年もあれば、何事もなかったように隠蔽作業も済むだろうな。……あそこの総帥の手にかかれば」
「いや、え、ちょっ……ちょっと、待てよ!」
何かに耐えかねたように渚が声を荒げて、制止を挙げた。
「何で……そんなところまで知ってるんだ。君は、一体何処まで……ってゆーか、何で二十年前の関連についても」
「ああ、それに関しては俺も最近知ったばかりだ。ああ、そうか……お前たちか、俺の友人のところに【あいつ】を差し向けたのは」
「あいつって、蒼」
「さっきから質問乱発だな。………いい加減、一つに絞ってくれないか? これでは、俺も答える側としては困る」
「……っ、じゃぁ訊くよ。君は、明陵学園の事件………当事者としてどんなポジションで拘っていて………何を知っているんだ」
スタート地点に戻っただけだった。
だが、他がとりあえず放りされたおかげで、簡潔で答えやすくなったのもまた事実で、
「……傍観者は論外。そして、少なくとも俺は……被害者を名乗れない。そんな資格は………断じて有り得ない」
被害者。
口にするだけで吐き気がしそうだった。
「まるで、自分が全て悪いとでも………言いたげだね」
「はっ……いい勘をしてるじゃないか。……そうだな、確かにそうだ。俺が、あの場所にいたから……あの事件は起きたんだからな。ついでに答えると、今回の事件も……
俺が来なければ起こらなかっただろう」
「それは、どういうこと?」
「……どうやら、俺は奴らに好かれるらしい」
「―――――――真面目に答えろよ!」
渚の声色から冷静さがかき飛ぶ。
どうやら完全に切れたらしい。
思った以上に気が短いのか。
………動けないとはいえ、寄越した人材間違えてるだろうに。
これ以上挑発して、話もろくに理解出来ないようになられても面倒だ、と千夜は言われたとおり真面目に話すことにした。
はぁ、と肩と溜息を落し、
「それに関してはそうとしか言えん。本当の理由がわかれば、こっちも苦労しない。奴ら、どういうわけか何処にいようとすぐに居場所を嗅ぎ付けては、ちょっかいを出し
てくる。………そして、今回は神崎が奴らの良い橋渡しになったというところか」
「それじゃぁ、神崎陵は……君に近づく為の依代に」
「いや、そうとも限らない。仮に、選抜するのに”俺に拘った痕跡のある人間である”という条件があるとすれば、あの男に限らず、他の誰かだったかもしれない。まぁ、そ
れが事実なのかはわからんが………幸い、ひたすら欲望の強い人間で取り入りやすい神崎が優先的に選ばれた。扱いやすそうな頭してそうだから、さぞかし体よく丸め込ま
れただろうに」
「う、うーん、それは言えてるかも………」
意外なところで賛成を得た。
言葉をまともに聴ける程度には冷静さを取り戻したことに対して、千夜は一息つく。
それもあまり意味は成さないだろうが、と思いながら、
「……さて、終着点だな。話はいつの間にか、お前らの目的地点まで来た。………俺に関する話はここでいい加減打ち切りにして…………今度は、俺の質問に答えろよ」
自身の中の切り替えとして、一呼吸を置き、
「―――――――お前ら、俺に何の用で来たんだ?」
今度こそちゃんと答えろよ、と念を押して問いを放つ。
逃れようの無いように、真っ直ぐと見据えて。
「……君が、知っているのならと………聞きに来たんだ。……俺たちが知らないことを」
「あの化け物についてか? ご苦労なことをしているな。もう終わったことに、いつまでもしがみついていたところで何の意味があるというんだか」
「終わったこと?」
「ああ、そうだよ。終わった。……今回の元凶たる神崎陵が死んだことでな。俺に聞く? 訊いたところで何が成るんだ? 今更掘り返したところで、出てくるのは終わっ
たという事実だけ……」
「―――――――見くびるなよ」
まだ続くはずだった言葉を、強い響きが遮った。
それは、今まで翻弄されるがままだった渚の口から放たれたものだった。
そして、口元には何故か―――――――笑み。
「まだ、終わってなんかいない。そんなはずがない。だって……元凶は生きているんだから」
「お前………」
「既に確認済みだ。神崎陵……そう呼ばれていたモノは生きている」
「確認した……?」
「五日前の日曜日。玖珂蒼助のマンションが何者の放火によって焼失した。………俺は、その時はまだ東京を離れていたから気付かなかったけど………動けない代わりに
見過ごさなかった相棒はしっかり捉えておいてくれたよ」
「あいつのマンションの………? それが、奴の仕業だと……?」
「現場に赴いて残留思念をバッチリ確認したからね。間違いないさ」
衝撃。
さっさと追い返す為に、目の前の人間に与えるはずだったものを食らったのは、千夜の方だった。
そして、その未知の情報は千夜を大きく揺さ振った。
日曜日。
その日は多くの事柄が休むことなく起こった。更に、千夜が久遠寺医院で中和剤を飲まされた日だ。
服用したその副作用として、完全に霊力を失った。
それ故に、神崎の気配が強まったであろう瞬間を捉え損ねてしまったのだ。
………俺は、また失うところだったのか?
幸い、蒼助は生きている。
生きている―――――――だが、もしも何か一つでもズレていたら。
仮定を思った瞬間、服の下で千夜の腕の表面が粟立った。
寒気。悪寒。恐怖。
あったかもしれない喪失に対して、千夜はこれ以上に無くそれを感じずにいられなかった。
ひょっとしたら、何も気付かずに理由のわからない後悔を抱えることになっていたかもしれないと思うと、不可抗力とはいえその隙を甘んじることは、とてもじゃないが
出来ない。
………面倒なもんに張り付かれたと思ったが、とんだ拾いものだったか。
千夜は衝撃から立ち直る作業の片手間で、渚に対して認識を僅かだけ変えながら、
「………何だ、思ったよりやるじゃないか。鼻が利くという意味では」
「それって………褒めてもらえてるのかな?」
「好きに解釈してくれ。……そうか、もう動いてたんだなあのクソ蛙が」
汚物を吐くように顔をあからさまに顰め、千夜は吐き捨てた。
そこへ渚から不意に言葉がかかる。
「……凄まじい二面性だね。蒼助くん………七海ちゃんに対してといい、セフレといい………つくづく女を見る目がないよねぇ」
「それは確かだと思うが…………お前は少し誤解してるぞ?」
「……?」
「別に、表を裏とかでこういう面を使い分けているわけじゃぁない。……自然と出てくるだけなんだ―――――――嫌いなモノに対して」
ここで千夜は初めて渚に対して、押し込めていた悪意を曝す。
空気の微妙な悪化に渚が眉を顰めるのを見ながら、千夜はそれを振るう。
「俺はな、調子付いた馬鹿が嫌いなんだ。よくホラー映画とかでもあるじゃないか。好奇心なんて、その場限りの浮ついた感情に踊らされて曰く付きの屋敷やら廃墟やら
に探検にしに行く主人公たち。………正直、何度見ても馬鹿としか思えないな。スリルやら刺激なんてものに惑わされて、自分たちの幸せを棒に振る。多分、あって当然
と思っているからんだろうな………自分たちは大丈夫だなんて、根拠も無く思っているんだろうな」
ここまでは、千夜は笑いながら口にしていた。
そして、笑みに―――――――毒が滲み出す。
「―――――――見ていて、たまらなく苛々する。……お前らは同じだ。だから、わかりやすい態度で接している………鬱陶しくて仕方ないんでな」
「なっ」
「ああいった映画のレトロな結末は知ってるだろ? 自分たちの想像以上の恐怖に呑みこまれて……悲惨な最期を迎える。なぁ……そこから作った人間のメッセージを感じ
ないか? 下手な好奇心は、必ず災いとなって降りかかり………身を滅ぼすと」
「………、ふざけるなっ! 一緒になんかされてたまるかっっ!!」
跳ね返すような渚の反発。
しかし、千夜は失笑で更に打ち返す。
「―――――――同じだよ、馬鹿。……少なくとも、映画の中の恐怖と同種である俺から見れば………お前らは、あの主人公たちと同じなんだよ。立場も、迎える結末も」
「馬鹿にしてっ……」
「そうにしか見えないから仕方ないだろうが。……ところで、もういい加減痺れ切れてきたから、俺の疑問に対する予想を言ってみるが―――――――お前ら、俺を囮にして
神崎を誘い出そうという魂胆か?」
「っっ!」
明らかな動揺。もはや、誤魔化すことも出来ないまでの露見だった。
千夜は驚愕する渚に、諭すように言う。
「何だ当たりか………何、そう驚くことじゃない。別に心を読んだとかじゃないぞ? ただ、お前らをそういう考えに至らせる要素を……多分、あの土壇場で見てただろう
からな。―――――――本能と闘争意識むき出しになった神崎……いや、奴のダミーは、目の前の格好の獲物を素通りして俺に向かってきた。明らかな何らかの他意と目的が
あっての行動であると………そう読んだんだろう?」
「……………」
その沈黙は肯定であるとして、千夜は当然のように受け取った。
「全く……なかなか狡いことを考えてくれるじゃないか。お前らにとって、俺は……良くて協力者……悪くてせいぜい奴を釣り上げるための餌か……。お前ら、神崎に負け
ず劣らずなかなかエゲツないなぁ」
「っ、雅明を悪く言うな」
「ふぅん、発案者はあの土御門の跡取りか。お前もなかなか苦労させているな……こんな使い走りまでさせられて」
挑発だった。
渚の頭に血の巡りを良くさせ、感情に走らせる。
理性というブレーキを失えば失うほど、口もまた心と同様に緩む。
思惑は外れることなく、効果を発揮した。
「余計なお世話だっ……好きでやってるんだよ! ……っ……あいつは、本来ならこんな手段とったりしない。誰かを囮とか、使い捨てみたいに扱ったりしないんだ!
……そのあいつが……君をそういう風に扱うと判断したんだ。…………あんたが、自分の思っている奴だとしたら……手段を選ぶ必要はないって言ったんだ」
「……で、お前は金魚のふんヨロシクで頷いたというわけか。お前……相棒だっていうなら、止めてやれよ………ヤバイってわかってんだろ?」
「………言って止まるようなやつなら、俺はここまで付き合ったりしない。………ここには、いない」
ペースを完全に乱され、焦燥の中に落ちていたはずの渚がふと―――――――微笑った。
それは、苦笑いようにも見え、或るいは自嘲しているようでもあった。
そんな渚の姿に千夜は僅かに心を動かし、
「金魚のふんは訂正しよう。……ただ、お前らがまとめて馬鹿なのは変わりないが」
「どうとでも。………その点では、多分俺は馬鹿だから」
使われているのではなく、自分の意思でこうしている。
そうだというのなら、確かに救いようの無い馬鹿だな、と千夜は決して貶す意味ではなく、只そう思った。
そして、少し羨望すら芽生えた。
後先など考えず、ただ相手を信じることが出来るそのひたむきさに対して。
「見抜かれているっていうのなら、こっちから切り出す必要がなくなったけど…………それでも、一応訊くよ。……協力してくれない?」
「………今までの話を聞いた上で尚もそう出れるんだから、大した図太さだよな」
「そりゃ、どうも。……そもそも君が招いた災厄だというのなら、君にはそれをどうにかするという責任があるはずだ」
「言われるまでもない。……だが、お前らがそれを口にするのは、単なるこじ付けだ。そこに、お前らが加わる必要性は全くといって無い……―――――――俺の友人が、
あいつに言っていたがな」
引き出した記憶に乗って、千夜は言葉を研ぐ。
「お前らはボランティアだ、協力だと飾って【こちら側】に踏み込んで来ようとしているが………【こちら側】からすれば、ただ迷惑なだけだ。いいか、親切なんてやつは
相手が困っていなければ単なるの押し売りだ。……俺はまさに今そんな気分で、大変気疲れしている。―――――――わかったら、帰れ。じゃなきゃ、俺が帰る」
一方的な打ち切りによる、長い相対の終わりだった。
これ以上居ても意味は無い。
ただ平行線が二本引かれていくだけ。
くだらないやり取りには付き合いきれないとばかりに、千夜は了承も何も無く佇む姿勢を解き、歩き出した。
向かうは出口―――――――この相対の場からの脱出口だった
歩けば、通過上にいる渚が近づく。
だが、構うことも無く―――――――通り過ぎようとした。
「―――――――待ちなよ」
投石のような声だった。
そして、それは千夜が静めた水面に波紋という変動を起す。
千夜はそれに足を止めた。
動いたのは、場の空気だけではないとわかっていたからだ。
「……一応、聞いたからね。それじゃぁ――――ここから先の相対は、そういった問答は無用ってことで」
「代わりに、それで相対しようってか………物騒なことだ」
「穏便な手段が好みでないようだからね」
千夜は背中に予想と同じ武装の気配を感じた。
ちらり、と視線を送れば、渚の構えるその手には―――――――短刀。
戦巫女が用いる霊剣の一つであると知識と合致する。
「……で、俺を打ち負かして了承させたいのか? それとも、生きてさえいれば吊るして食いつくのを待つだけでもいい…………どっちだ?」
「君はどっちがお好み? ……俺はどっちでもいいよ」
「―――――――ハッ、どっちがいいかぁ?」
思わず千夜は噴き出した。
これだから、と相手への嘲弄の念を耐えかねて。
「あー……そうかいそうかい。……穏便な手段が好みではないのは、お前たちもか。
ったく、とんだマゾヒストに遭遇してしまったものだよ……」
「余裕だね。言っておくけど、手加減はしないよ……俺は、動けないあいつの分も背負って君に挑む」
「………ああ、そうしてくれ。"俺も"、その気でいる」
千夜は振り向いた。
首だけをダラリと後ろに傾けて、
「―――――――かかってこい、箱入りども。ここにはいない相棒の分とやらも含めて……捻りついでにブチ折ってやる」
蛇が鎌首を持ち上げる時とは、こんな気分なのだろうか。
冷えていく頭の片隅で何気なく思うが、すぐに消した。
否、消された。
久々に覚えた、苛立ちにも似た感情と感覚の間のような何か。
獲物の喉元を食い破りたいと吠えるような―――――――凶暴な衝動によって。