久留美が黒を纏った非日常との逢瀬を終えた頃。




 現場である第三幡ヶ谷公園からやや離れた場所―――――――第一幡ヶ谷公園には、




 

「はぁー……ガキは元気だねぇ」




 

 遊具にて無邪気に遊び狂う子供たちを眺めながら、ベンチに腰掛けるその男は煙草を噴かしていた。

 周りからは時折その存在をマイナスの意味で気にかけられる。

 無精髭とサングラスに、清潔とは言い難い身なりの中年。

 浮浪者、と判断されても仕方ない風体の男は、普段はそこには無い異分子。故に子供を連れてやってきている公園の常連たる母親たちの警戒対象として、ここに来てから

というもの注目の視線を痛いほどに向けられていた。

 

「ったく、ヤな世の中だねぇ……ミステリアスと不審の分別もつかねぇのかよ最近の奥様方は…………あー、ヤダヤダ」

―――――――無理ないでしょ、どうみても不審者だもの」

「ぐふっっ!?」

 

 愚痴を零した直後。

 煙草の煙を肺に溜め込む作業の途中を割るように、背後からの横槍が入った。

 この予想だにしない出来事に、当然の如く驚いた拍子に咽ることとなった。

 

「……っぐぇっえ、……げぇほっ、げ、ぇっ……」

「いい気味ね。勝手に移動した罰が当たったのよ―――――――志摩」

 

 してやったりの笑みでその背後から移動して、男の隣に回りこむのは―――――――女。黒髪に黒のゴスロリの華奢な少女は、煙に器官を掻き乱されて完全に咽せ込んだ

状態から抜けられなくなった男を尻目に、ふわりと裾を靡かせてベンチの上に腰を降ろした。

 

「ぐっ、ふっ……し、死ぬかと思った」

「そういう台詞が自然と出てくるうちは大丈夫よー」

「……どんな根拠だよ加害者さんよ」

 

 はぁはぁ、と肺に残留している煙を残らず出そうと深呼吸を繰り返し、

 

「……視るもんは見たからな。あれ以上、あの場に留まる理由もなかったし………いたくもなかったんだよ」

「そう。なら、聞かせてもらいましょうか。数々の悲劇を覗き見てきた預言者殿を……煙草十本以上の煙を以てしても燻らせられなかった後味の悪さを刻んだ―――――――

新條久留美の未来とやらを」

 

 志摩の足元に散らばる十数本の煙草の吸殻を見ながらの黒蘭の言葉に、志摩は今ある手元の煙草もポイっと指先で弾き捨て、

 

「……………その前に」

 

 はぁ、と志摩の項垂れた首が溜息を吐き、体勢はそのままにして、

 

「…………さっきよりも視線の熱さが増してる気がするんだけど」

「そうなの? 確かに視線が熱いわね。……何故かしら?」

「………その台詞、何処まで本気なんだ?」

 

 浮浪者ルックの男と、後から沸いて出たゴスロリ少女。

 年齢的にもジャンルとしても、傍から見ればとてつもなく異様(カオス)な組み合わせであった。

 より混沌とする不審ぶりに、周囲の注意は一層集中するのも無理はなかった。

 

「ねぇ、ふと思ったんだけど」

「聞きたくねぇけど、何だ」

「ここで―――――――オジサン、今日も遊んだらお金くれるんだよね? でも、あの玩具は使っちゃいやだなぁ、だっておっきすぎて痛かったもーん―――――――とか

言ったら楽しいことになると思わない?」

「ヤメロ、似非少女! つか、もう出てるじゃねぇか……ってああ今まさにあそこの奥様が確信づいた険しい顔つきで携帯で110番押そうとしてるぞコラ! おい、教える

もん教えて欲しかったらなんとかしやがれぇぇっ!!」

 

 ガクガク、と黒蘭の両肩を掴み揺さぶるが、逆にソレが拍車をかけていることに志摩本人は興奮状態に陥っているため気付かなかった。

 奥さん早く!と公園仲間と思われる別の母親が通報を急き出して、志摩がいよいよ本格的に焦り出すと、

 

「もう、しょうがないわねぇ〜………」

 

 などと言いながら、しっかり愉快そうに笑いつつ黒蘭は片手の指先をある形に作る。

 そして、それをパチンっと鳴らした。

 

 その瞬間、周囲の様子が変わる。

 

 今まで穴が開くほど集中していた周囲の意識が突然霧散する。

 通報しようしていた奥さんも訝しげに携帯を見つめて、何故それを手にしているのか分からない様子でそれを元の場所にしまった。

 それだけではなく、誰もかれもが先程までの警戒が嘘のように、志摩たちの存在など目に入らないようで。

 

「あー、楽しかった」

「お前だけなっ! つーかよ、最初から結界はって人払いしときゃ……」

「だってつまらないでしょ」

「それもお前だけだ! ……あー、マジ嫌な汗かいたぜ」

 

 滲んだ額の汗を拭いながら、志摩は真顔でそうぼやいた。

 

「……で、どうなの?」

「……………あー、うん。すっげぇ凄絶……正直、見てていたたまれなくなるような光景は久し振りだった。これでも吸ってねぇと鬱る」

 

 そういって、また一本を懐から取り出しライターで火をつけようとする。

 

「……っち、オイル切れちまった」

「使い捨てのそれで、それだけ吸えばねぇ。はい、どーぞ」

 

 ライターの燃料切れに舌打つ志摩の口に挟まった煙草に、突然灯が灯る。

 

「お、サンキュ。しっかし、いつ見ても便利だなぁ………時々うらやましいぜ、お前さんらが」

「何言ってんの。世界のお告げを賜る神聖なる未来予知の一族が」

「あんたが言うと皮肉にしか聞こえねぇよ…………ぷはっ」

 

 ぐっと吸い込んで肺に溜めておいた煙を吐き出す。

 そしてもう一度、煙草の煙の取り込みと廃棄の作業を一つ置き、

 

「………ヴィジョンは、はっきり見えた。霞み一つかかっていなかった。……ありゃぁ、限りなく近いうちに実現するぞ。……明日、いや……今日だな。今日の……日が

暮れた後あたり」

「そこまではっきりわかったの?」

「いや、周りが暗かったからな。多分、時間帯は夜か……夕暮れだ」

「他には?」

「…………こいつには関してはちょっとびっくりしたぞ、さすがに」

「あら、何かしら?」

「………あー」

 

 興味を示す黒蘭に、志摩は言葉を濁す。

 これを聞かせ、知ったら目の前の存在はどんな反応を返すだろうか。

 この黒きカミを唯一揺さぶることが可能であろうモノ。

 自分が見た事実を知った時、黒蘭はどうするのか。

 下手をすると、寝ぼけたことを抜かすなと笑いながら腕を切り落とされるかもしれない。

 或いは、最悪の場合として、聞かなかったことにしようと殺されるというのもある。

 

 黒蘭という存在に対して、期待なんてものは淡かろうか過大なものだろうが、そんなものはするだけ無駄であると知っている志摩は、次の行動を考えるにあたって迷い

に迷った。

 

「早く言いなさいよ、じれったいわね。あんまり待たせると、結界解いてさっきの台詞よりももっと凄い台詞を泣き叫んでブタ箱にぶち込むわよ」

「だぁぁぁっ!」

 

 迷う権利すら奪われた志摩は、腹を括った。

 

「っ、わかった、言うから。…………あのな、居たんだよ。あのコが」

「…………誰が」

―――――――お前の宝物が、だ。新條久留美の迎える惨劇の中に………居たんだ」

 

 沈黙。

 やっちまった、と思いながら志摩は生きている心地を失った。

 

 

 



 ◆◆◆◆◆◆



 

 

 

 自分の人生の終わりを、この瞬間に志摩はかつてないほど感じていた。

 首が飛ぶんだろうか。

 それとも一つずつ四肢をもがれて、内臓をかき回されてじわじわと。

 

 第三の選択肢として「見逃してもらう」はないだろう、と踏み、志摩はせめて楽がいいと切実な思いを抱いてその瞬間をガチガチに身体を強張らせて待った。

 

「………ねぇ」

「うぎゃあああああっやっぱ無理だ理不尽だ命だけは勘弁―――――――っっ!!」

「………………はぁ?」

「ぇ、?」

 

 ピタリと止まって、志摩は黒蘭を改めて見た。

 それは八つ当たりのような殺害宣告を下す冷ややかな笑顔ではなく、志摩の狂乱交じりの発言を理解できないとばかりに呆れかえる顔だった。

 

「なぁに、勝手な想像膨らませて喚き出すの。………ひょっとして、あのコのこともそれで話すの躊躇してたわけ?」

「……いや、だってよ」

「別に、死んでいたわけじゃないんでしょ? どーなの」

「あ、ああ……まぁその通りなんだが」

「そう。良かった……なら、いいわ」

 

 それだけで黒蘭の応答と反応は終了した。

 しっくり来ないその態度に、志摩は思わず踏み込んだ。

 

「……オイオイ、結構不吉な朗報だと思うぞ今のは。お前の嬢ちゃんはチラッとしか見えなかったが………血まみれだったんだぜ?」

「……私にとって不吉となりえるのは………その先にある極限の到達地点よ。さっきも新條久留美に言った台詞………また言わせる気?」

「………手遅れとなるとは、死のみ……か。守備範囲広ぇな」

「あら……貴方も十分承知の上でしょうに。―――――――ねぇ?」

 

 志摩はその意味深げな問いかけの意図を察し、しかし、応えはしなかった。

 心臓に近い奥の部分を無粋に触れられたような感覚は、志摩に僅かな苛立ちの存在を感じさせる。

 それを吸い込んだ煙草の煙の臭いで誤魔化しながら、

 

「……なぁ、疑問に思うところがあるんだが」

「何かしら?」

「あの女の子―――――――新條久留美を巻き込む理由ってのは、何だ」

「…………まずは貴方の見解を聞かせてもらおうかしら」

「……………あのコ、一般人だよな?」

「ええ、そうよ。異能も何も無い、お決まりの秘められた力とやらも無い………只の人間よ。―――――――現時点では、ね」

 

 わざとらしく置かれた次への布石。

 志摩はわかっていながら、それに足を引っ掛けた。

 

「……ひょっとすると、俺の見た未来はお前はあのコにちょっかいかけたせいで決まっちまったもんだったのか」

―――――――ハズレ。私が何かしてもしなくても……彼女の未来は貴方の視たものと定まっていたわ。その未来は、既に彼女が選んだ選択の結果よ」

「……………よくわからんなぁ」

 

 答えを得たはずが疑問を増やしただけな気がした。

 志摩は、ここまでのことを思考する。

 まず、今回の新條久留美に関する自分の拘りから始めた。

 

 今日の午前中、突然かかった黒蘭の呼び出し。

 何の用かと思えば、要求はこうだった。

 



 ―――――――とある少女の未来を視て欲しい、と。



 

 どういう意図か全く読めない要求ではあったが、わざわざ口にするということは何かあるのであろうと志摩は応じた。というよりは、何を言われようと拒否権はないと

いうのも大きかった。

 

 指定された公園で、遠くから見つからないように、という制限付きで行動を開始した。

 黒蘭に言われたとおりに、姿を確認されないような距離の場所で隠れて様子を伺っていた。

 例の学園外では珍しい成人姿の黒蘭と会話する少女。

 一見する限りごく普通の少女であり、そして先程得た通りに事実も普通の人間だった。



 しかし、いくら視ても何も起こることもなく、こんなことをして何の意味があるのだろうか、と己の行動に対する疑念を膨らましていく一方だった。

 

 『ソレ』が、志摩に訪れるまでは。

 

「ちと、質問を変えるぜ。………新條久留美は、一体何者なんだ?」

「一般ピーポー。あえて付け加えるなら、千夜の友人」

「ほー。………じゃ、あんたとは?」

「………そぉねぇ」

 

 周囲の空気がじわりと微細な変化を生むのを感じた。

 ビンゴ、と志摩は手応えを実感。

 

「……………ふるーい、『友人』………だった、かしらね。当人は、もう覚えていないでしょうけど」

「へぇ、あんたのか。……つか、あんたにダチがいたことに驚くべきポイントか、ここ」

「私はそう思っていたわよ。ええ………敬意を表して、ね」

 

 志摩はここで『新條久留美』の情報を整理する。

 

 一般人。

 普通の人間。

 終夜千夜の友人。

 凄惨な未来。

 黒蘭の旧友。

 

 これらの事項を統合すると、最後の事項によって―――――――ある意味で、ただの人間ないことは明確となった。

 

「……なぁ、本当のところ今回のは何だったんだ? ……結局、何がしたかったんだか俺にゃぁ見当もつかねぇんだがよ、黒蘭さんや。とりあえず、今回のこれがあんたの

目的にどんだけ関係するかは教えてくれよ」

「んー、お昼のいいともに某大御所が出るか出ないかくらいの影響はあるかしらねぇ」

「番組の成立を左右のレベル!? …………いや待て、とてもあのコがそういう風には見えねぇんだが」

「だって冗談だもの」

「………………」

 

 脱力感と投げやり感が志摩を襲った。

 

「まぁ、今回ばかりはあまり目的云々というよりも…………昔の【約束】を果たしたまでというか」

「……約束?」

「そ、旧い友人との旧い約束。……向こうは当然覚えていないだろうけど、私は覚えていた。だから、実行」

「……何を約束したんだ?」

「それは、女同士の……―――――――ひ・み・つ」

 

 黙秘権が発動した。

 こうなったからには、多分どの角度から聞いても口を割ることはない。

 

「おいおい、そりゃないぜ」

「……ふふっ、知りたい?」

「止めとくよ。女同士の秘め事に男が首つっこむなんざ無粋だろ」

「あら、ありがとう。貴方のそういう見かけによらずジェントルなところ、結構好きよ」

「見かけによらずは余計だっつーの。………まぁ、代わりに一個聞かせてくれ」

「何かしら?」

 

 ふう、と煙草の煙を一吐き。

 そして、

 

―――――――あのコを、見逃してやることは出来なかったのか?」

「…………怒ってる?」

 

 問われ、そうなのかと志摩は自問した。

 しかし、それは否だった。

 

「……いや、そうじゃねぇよ。第一、俺が視て決定したようなもんだ。今更、どうこう偉そうなことも言えねぇし………だからといって、何もできねぇ。それが、星詠み

ってヤツだからな」

 

 人は【星詠み】をこう呼ぶ。

 世界の意志を預かる者―――――――預言者と。

 世間は未来予知を全能と評価するが、志摩からすれば失笑しか返せない。

 

 未来が視える。

 視せられる。

 だが、――――――― たった(・・・)それ(・・)だけ(・・)で、何が全能だと言うのか。

 

「俺は……聴いて、視るだけの……それ以外何も出来ない無能な人間だ。抗う術も、覆す力も持たない。無力な傍観者だ。未来に否を想ったところで、ソレを変えてやる

ことも出来ない。聞くだけなら、まだ良かった。だが、視えちまった………こうなれば忠告も警告も、もはや意味をなさない」

 

 志摩の異能は、未来を感知する類。

 それは、世界と同調し、星から未来の可能性を聴き拾うこと。

 悪魔で可能性である時点では、回避することも出来る。

 忠告、警告―――――――相手に僅か一言でも吹き込めば、また別の新たな可能性も生まれて、迎える未来も変わる。

 

 しかし。

 もう一つはそうはいかない。

 未来視。―――――――それは、志摩の意志に従わない自動的な異能だ。

 いかなるタイミングで、どのような時に訪れるかわからない。

 

 突然、脳内を駆け巡る現在ではない何かの場面(ヴィジョン)

 それは決定された未来の断片。

 これが視えてしまうと、もう全ての足掻きは無駄であり、無意味となる。

 足掻きは全て決定された未来への布石となり、その人間はただそれに向かう以外許されない。

 

「俺の視るヴィジョンは、その人間の行動によって生まれた可能性の収束されたもの。世界の演算によって叩き出された人という数式の答え。……数学における答えが一つ

しかないように……その答えが出されちまえば、それ以外の答えは全て誤答。"正解"―――――――未来とは認められない」

「いわば、貴方は解答用紙を見せられているようなものよね」

「まさにな。………決められた未来に足掻くってのは、その正解とは別の答えがこの問題にはあるはずだって馬鹿な発言をしているのと変わりねぇ。……そんで、そんな

わけがねぇんだって気付くのは、その未来が現実となる時……さ」

「なんかそんな風に言われると、貴方の異能ってカンニングと差して変わらないように思えてくるわ」

「……ははっ、違いねぇよ。その通りさ。……ズルして、知らなくてもいいこと知っちまう、後の祭りな能力さ」

 

 笑ってはいるが、声のトーンが落ちていた。

 微妙に掠れが混じるそれは、まるで自らを嘲笑っているような響きだった。

 黒蘭はそれをどうとったのか、

 

「……まぁ、そう責任を感じなくてもいいのよ? 大体、貴方は結果を視ただけ……貴方が決めたわけではないのだからね」

「………わかってるさ。若い時よかマシになったと思うが、コイツ無しじゃまぁだ踏ん切りがつけられねぇ……俺もまだまだだな」

「星詠みとして修行が足らないって? いいのよ、それで。一族の奴らがそれを要求したからって鵜呑みにしなくても、結構。寧ろ、ソレで行きなさい。だからこそ、貴方

を引き入れたのだからね」

「……そういや、あんたはウチの一族嫌いだったっけな。停滞と鬱屈をつまらないと評するあんたには、確かに目障りだろうがな………」

「そして、その中で高い能力を誇りながらも、星詠みならぬ態度と姿勢で変わり者扱いされるのは貴方。……懐かしいわねぇ。若かりしあの頃は、まぁだ今よりもずっと

感情的で暑苦しくて……可愛かったわよ?」

「薄ら寒いこと言うなよ………うわ、見ろよホラ。結構周りポカポカしてんのに、俺の腕鳥肌立ってやがる」

「本当ね。やぁね―――――――そんなに毛深くなっちゃって」

「ほっとけ!」

 

 密かに気にしているところを指摘され、微妙に傷ついた志摩は八つ当たりのように短くなった煙草を叩き捨て、新たに一本を取り出す。

 黒蘭はその先端に火がつけてやると同時に、

 

「……まぁ、慰めというわけじゃないけど。未来の視た貴方に、責任は無い。未来を定めたのは、その人間の行動と意思。……更に言えば―――――――その未来は当人に

望まれたものであるのだから」

―――――――っ、は?」

 

 志摩は、思わず煙草を指先から落しかける。

 聞き逃せない発言に、一瞬己の耳を疑った。

 

「………今、すげぇありえねぇようなポロリ発言が聞こえた気がするが。幻聴?」

「そう判断するなら、耳鼻科ではなく、精神科に行くべきね。―――――――ほ、ん、と」

「……今の発言、うっかりとかじゃなくて意図的にだっつーのなら、ちゃんと説明つくんだろうな?」

「ふふっ……お望みとあらば」

 

 曝された新たな疑問。

 志摩は、それにこれまでの全ての疑問の収束されているように思えた。

 確信という浅慮な判断を下してしまえるほどの何かを、そこに感じずに入られなかった。

 

 そして、己の視た未来を知らずとも、そこに何が秘められているかを全て知るであろう存在の語りに耳を委ねた。

 

 

「教えてあげるわ。未来を予見する貴方とは対極の位置にある―――――――遠い日の過去に何が行われたのかを」

 

 

 



 ◆◆◆◆◆◆



 

 

 

 気がつけば、陽が傾いていた。

 千夜は路上で歩みを不意に止めて、赤みを深めていく空を見上げた。

 

「……今、何時だ?」

 

 足を止め、ポケットから携帯を取り出す。

 画面の時間表示部分を見ると、そこには五時三十分の数字。

 最後に時間を確認してから三時間ほど経過していた。

 

 同時にそれは、当ても無く歩き始めてから過ぎた時間でもあった。

 

「………いい加減、飽きたな」

 

 ポツリと呟き、千夜は前進を再開する。

 今度は当てがあるという前提をつけて。

 

 十メートルほど歩いたところで、千夜は建物と建物に空白を置く狭間が左側にあることに気付いた。

 それを生む両建物は飲食店であるらしく、裏口が設けられており、決して広いとはいえないものの人が悠々と歩けるだけ余裕のあるスペースがあると見受けられた。

 

―――――――……」

 

 数秒でそれの確認と思考処理を済ませる。

 そして、足先は―――――――光の届かないそこへと向いた。

 

 

 



 ◆◆◆◆◆◆



 

 

 

 行き止まりを示す壁の前で、千夜はその歩みを止めた。

 光は殆ど差し込まない、薄暗さに満ちた路地裏。

 人気はない。千夜自身を除いて。

 

 そのはず―――――――だった。

 

 

―――――――根性のあるヤツだな。二、三時間もひたすら歩いて付き合わせたら………嫌になって今日は諦めてくれると思っていたんだが」

 

 独り言と片付けるには大きく響く声。

 それもその筈。

 その言葉は、他者へ投げかけられた言葉だった。

 

 

「わざわざこうして場を設けてやったんだ………―――――――いい加減、コソコソしないで相対しようぜ」

 

 

 背後のもう一人の存在に言いながら、千夜は振り向いた。

 

 

 

 

 




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