「くーちゃん、今度の奴隷さんは強いのね。とっても」
「……………だから、奴隷ちゃうがな」
悪気は無い、というあたりが天然の悪いところだなと、久留美はげんなりと肩を落とした。
それでも手の中の洗い途中の食器は落とさず、
「でも、大丈夫かしら………相手は二人だったし」
「そんなの、するだけ余計な心配だって。それより、早く食器拭いてよ。私、この洗い物終わったら行くんだからね」
「なーんだ。何だかんだで心配なんじゃないの〜」
「だから必要ないってば。あいつには、不良グループ面々に白目剥かせたり胃液ゲロゲロ吐かせてヒィヒィ言わせるのなんか朝飯ならぬ昼飯前なのよ!」
「ええー……」
「ええじゃないわ。大体見たでしょ、紅茶ぶっかけるくだりから地面に叩き伏せて意識奪うまでのところは誰より至近距離で」
「……うん。ゴチンッどころじゃないすっごい音が聞こえた」
知っている。離れていた久留美にもそれは十分に聞こえたのだから。
思い返しても、実に手際のいいとしか言えない無駄の無い仕事ぶりだった。
いきなり紅茶をぶっかけられた迷惑客二人は当然の如くキレた。
しかし、彼らに完全に戦闘態勢に入らせることすら許さず、千夜の行動は早かった。
………柔術まで使えるのかい、あいつは。
テレビで何度か見たことがある。
だが、それよりも遙かに千夜の技は切れがあり、そして無駄がなかった。
熟練された動きに翻弄されるがままに、腕を掴まれた一人の顔がまず冷たい床とコンニチハをした。
僅かの一瞬のことに、久留美を除いた誰もが千夜に対して抱いていた印象を覆され、唖然蒼然。
そんなことをしている間にもう一人も床への求愛者と化した。
乱闘沙汰にも喧嘩にも発展しないまま終わった消火作業を終えると、千夜は、
『―――――――お騒がせしました』
大の男二人を昏倒させたとは思えない後とは思えないようなさわやかな笑顔を残して、店を出て行った。両手に男二人を引っ掛けて。
あの後、数秒程店内の時間が止まったのだった。
そして、その騒動から既に二時間が経過していた。
「くーちゃんたら………やっとマトモっぽいの連れてきたと思ったのに」
「今の香奈枝ねぇにマトモどうこうについて言われたくないわよ……」
「何でー?」
「……鏡の中の自分に相談してみれば」
きょとん顔の香奈枝を無視し、最後の一枚の水を切る。
久留美は宣言通りに作業を終わらせると、
「じゃ、後は頑張ってね」
「はいはーい。今日はありがとうね、くーちゃん。……あと、あのコにも代わりにお礼言っといてね」
「はぁ?」
香奈枝のそれは意外な反応だった。
実際は助けるためだったとはいえ、店内で暴れられたのだ。
経営者としては、謝ってすませばよかったことを掻き回されてしまったのだから、はっきり言えば余計なことと思っているのではないか、と久留美は考えていた。
「何で、意外そうな反応するの?」
「………一応、店で暴れられたわけじゃん」
「でも、備品は一つの壊れていないし、一分も続かなかったじゃない? 被害ゼロで済んだんだから何処で怒ればいいの?」
「まぁ、そうだけど……」
言われていれば確かにそうだ、と久留美は納得。
そもそもあれは喧嘩と呼ぶには些かおかしな話だ。
あえて言うなら、掃除。
ゴミ掃除みたいなものだったと考えると違和感がない。
「手間のかかる粗大ゴミをもっと手っ取り早い方法でかたしてもらったってところ、か」
「くーちゃん、そんな身も蓋も無い。どーして、そんなに卑屈なのかしら……」
「………余計なお世話」
そういうあんたもどうしてポロリと人が気にしているところを刺激出来るのか、と口から出してしまいたい言葉を久留美は抑えた。
久留美は出てきてしまいそうな言葉ごと唾を呑み込んだ。
だが、再び喉から這い上がってきて、
「あんな風に人を容赦なく叩きのめすような女………怖くないの?」
「くーちゃんったら、また……」
「あいつ本当、乱暴者でさ。転校初日で、いきなり不良に絡まれたと思ったらその放課後には逆に半殺しにしちゃったのよ? 外見とのギャップが違いすぎておもしろそう
だったから近づいてみたけど、一緒にいたら面倒事ばっかでさ。ネタに困らないからいいかなって思ったけど、書いたらどんな目に合わされるかわからないからそれも出来
ないし……私もとんでもないのに拘っちゃったわよ………今日だって、きっとロクなことにならないとわかってたけど、連れてこないと何されるかわからな………」
「―――――――くーちゃん」
沈静な声。
けれど、そこには叱咤の念が確かに宿っていた。
「………っ」
ばつが悪そうに顔を歪めて口を噤むと、
「……ねぇ、くーちゃん。……くーちゃん、やっと友達出来たのね」
「…………なによそれ」
「そうなんでしょ? だって、くーちゃん……―――――――今まで、誰かのことこんな風に気にかけたことも、私に話してくれたこともなかったじゃない」
「……………」
ボケッとしているようで、この従姉は妙に鋭く察しが良い。
そして、今回もそれは例外じゃなかったようで、
「ちろっと見ちゃった。くーちゃん、あの人と話してる時……久々に良い顔してたじゃない。んー、でもあそこまで楽しそうにしてるのは初めてだったかなー」
「………そう見えたの?」
「うん。中学の時に見てた記事書いている時のアレよりも全然楽しそうだったわ」
だからね、と香奈枝はそこから諭すように、
「……一緒にいて楽しい人は………友達は、大事にしなきゃ駄目よ?」
「……………」
どうやって、と問い訊ねたい衝動に襲われたが、そんなことを香奈枝に聞いたところで答えは出ないことはわかっていた。
既にソレは久留美自身の中で自問として顕れ、対する回答も出ていた。
不可能。出来ない、と。
どうすればそれが出来るか知らない。
こんなことは初めてで。
自分は子供の時の悪い部分を捨てきれずに成長してしまって。
抱いていた気持ちは、自分で思っていたものとは違っていた。
何もかもが、自分の想像とは全く異なるものだった。
「………あ」
何故かこのメイド服にはポケットがついている。
そこに入れておいた携帯電話が震動した。
誰なのかは確認する前から何となく見通せて、だからこそ内心は急ぎ走った。
「………下」
「ん? あの人?」
「うん……近くのマックにいるって」
「良かった。何とかなったみたいね」
無事であることに安堵する香奈枝と同じ気持ちだ。
だが、久留美はそれを口にすることは無く、
「……じゃぁ、行くね。今日の御駄賃、ちゃんと後でもらうからね」
「くーちゃんったら強欲ー。………それじゃぁ、宜しく言っておいてね」
ん、と一応の返事を返して、久留美は更衣室へと足を運ぶ。
その前に一度留まり、
「………ねぇ………最近、"あの人"とはどうなってる?」
「え? ……この前も会ったけど」
「順調?」
「うん、特に変わったことはないけど………」
「そう………良かったね」
相変わらずの茨道は、それでも前進は止まらずに済んでいるようだ。
恋人との話題を引き出されたこともあってか、心なし顔がほんのり赤らんだ香奈枝に久留美は思わず、
「……あのさ、妻子持ちとか担任とかいろいろ余計なもん背負い込んでる男に手ぇ出すなんて、香奈枝ねぇはつくづく物好きとか蓼喰う虫も好き好きとか散々思っては呆れ
てたんだけど」
「ええっ突然なんで急所を攻撃っ!? 」
「―――――――……………私も人のこと言えないみたい」
「え?」
香奈枝の怪訝な顔を無視して、久留美は停止を解く。
あれだけ理解出来なかったこの女と同じ状況に気がつけば首を突っ込んで、抜けなくなってしまった自分に、途方も無い呆れを抱きながら。
更には、それが香奈枝よりも更に悪質なものであることに。
相手は女。
そして、他人のもの。
しかも明らかに怪しくて、得体が知れない。
そんな悪条件の極みが該当する相手に自分は―――――――
◆◆◆◆◆◆
待たせている相手はすぐに見つかった。
店に入ってパッと視界が捉えて、そこへ視線がまっしぐらに走って一点集中した。
その己の反応速度に、ああもう駄目だ、と絶望感を抱いた。
「お、久留美。こっちだ、こっちー」
今気づいたのか、千夜は席から出入り口付近に立つ久留美に手を振る。
まるで、店を出る直前までのあの騒動など知りもしなければありもしなかったと言わんばかりの様子であった。
あの粗大ゴミどもの行方はどうなったのか気にしながら、久留美は千夜の元まで歩み寄っていく。
途中見かける千夜に向かう熱視線の出元に、不快を抱かせられながらも。
「……やっほ。一時間ぶり。……変わりないようで何よりね」
「当たり前だ。あれぐらいでどうにかなると思うか」
「まさか。………とりあえず、あの客は何処でどうしたわけ?」
「ああ、さすがに投げられた衝撃程度では復活も早くてな。……まぁ、とりあえず骨を折らずに済ませた」
それ以外でどういう結果で済ませたのか。
「でも、やるなら徹底的にやったんでしょうね? 根に持たれて嫌がらせに日々なんてことになったら、あんたのしたこと只の余計なお世話なんだからね?」
「だろうな。だから―――――――折らなかったが、脱臼はさせた。両者に片腕片足ずつ。二ヶ月はうまく嵌らないように抜いて入れてを二、三回付きでな」
なんてこと無さそうに言ってのける。
「って、もう何か食ってるし」
「ついさっき買った。お前も何か買ってきたらどうだ?」
「ええっ………お昼食べるなら、ココ出てもっとどっかイイところで食べれば……」
「いいよ、面倒くさい。そもそもただでさえあんまり外食は好きじゃないんだ。最近、料理店って問題ばっか起こしているし………もし、トイレ行った手を洗わないで
そのまま料理していたらなんて考えるだけでゾッとする」
「……そこにあるハンバーガーとポテトは」
「大丈夫。作ってるところ会計から見てたから」
もう、昼時はテコでも移動する気がないというのを理解し、千夜の座る向かいの椅子に手を掛け、
「…………わかったわよ」
「おい、買いに行かないのか?」
「今、あの列に並べって? それこそ面倒くさい。だから、あんたのポテトをもらうわ」
「………足りないぞ」
「あとで映画見る時に、ポップコーンでも買えばいいじゃないの」
何だこれは、と憎まれ口ばかり叩く様を客観視してくる己の一部が、呆れた言葉を投げかけてくる。
それを聞き逃さず、わかっているわよっ、とそんな自分にヤケクソ気味に久留美は言い返した。
ふやけたポテトをグニュグニュと噛み締めながら、
………好きな子をイジめたくなる小学生か、私は。
だが、その気持ちは今の久留美には理解できた。
己というものを知った、今ならば―――――――
「いやー、ハンバーガーというのも馬鹿にできないよな。最初見た時は、幼稚園児の紙粘土細工かよって怒り芽生えたが………考えてみれば、変にいじくったりせず素材を
生かしてる点では、客に見えないキッチンで何やってるかわかったもんじゃない普通の料理店よりは断然好きだな、今となっては」
「そこまで言うか……。何でそんなにまで外食が嫌なわけぇ? べっつに良いじゃない。面倒な作る過程は金払えばやってくれて、待ってれば美味しく食べれるんだから」
「さすが、作ってもらうことを当然と生きてきたゆとり娘が言うと常識のように感じるな」
「……喧嘩売ってんのか、あんた」
そう怒るなよ、と久留美の睥睨をさらりと流しながら千夜は、
「悪いことなんかじゃないさ。寧ろ、幸せなことだ。出来るだけ長くそうしてもらうといい………忘れたくても忘れられないくらい、出来るだけ長く……な」
まるで先駆者のような言葉を口にした。
そして、羨むようにも。
それが、昨日の食卓で母親の地雷踏みによって露見した、両親の不在の事実を久留美に記憶から呼び起こさせた。
「………あの、さ。あんた、家族って……」
「妹がいる。可愛いぞ」
その一言が、千夜が天涯孤独ではないことを久留美に教えた。
踏み込みへの躊躇を軽くし、
「へぇ、いくつなの?」
「小学五年生だ」
「生意気盛りの年じゃないの」
「まぁな。人見知りが激しいから、他人に対しては攻撃的なところが頭が痛い」
「はねっかえりってワケ? あんたの妹っていっちゃらしい気がするけどね」
笑いながら、違うでしょ、と久留美は内心で冷静に呟いた。
会話の中で笑う己に向けて。
自分が聞きたいのは、妹のことではない。
自分が見たいのは、妹のことを自慢げに話す千夜ではない。
もっと、もっと奥に―――――――。
そんな欲求に突き動かされて、知らず知らずのうちに久留美はそれに沿った道をゆき、
「あんたさ、料理好きなの?」
「何だ、突然」
「んー? だって、昨日といい朝といい、うちの母親と随分料理に関する話で盛り上がってたみたいだからさぁ……」
問いに対し、千夜は少し考えるように溜めた。
「そうかな。……まぁ、嫌いじゃないな。自分でつくったものは、気負う必要も無いし、自分で好きなもの食える。自分さえ努力すれば、味も成果も上がる。……あと」
付け足す際に表情は、僅かに笑みが滲み、
「……自分がしたことを、誰かに喜んでもらえるのが………嬉しいと覚えたことだから、かな」
伏せられた視線がふいに遠くを向いた。
そこに自分がいないと知った久留美は、急に呼吸が苦しくなった。
「………料理って、自分の母親に教わったの?」
「……いや、自分で覚えた。俺の母親はお前のとは違って、そっちの腕はからっきしだったよ。だからというのもあるな。俺がつくらないと、俺はともかく母親はあまり
丈夫ではなかったから。ちゃんとしたもの食わせていないと、いつ何処で不調きたすかわかったもんじゃなかったんでな………」
ハンバーガーを一口齧り、租借。
一息つくようなその間は、呑み込みと同時に終わり、
「最初は面倒くさかったが、だんだんやりがいを感じてきた。それは俺にとって、自分には他にも出来ることがあると気づくきっかけになった。……それで―――――――」
「千夜」
終止の杭を打ち込み、久留美は立ち上がった。
千夜から奪ったポテトはまだ少し残っていたが、そんなことはどうでもよかった。
「……そろそろ行かない? 映画のチケットも買わなきゃいけないし」
「え、でもまだ食べ終わってな」
「いーじゃん。映画館でポップコーン奢るから」
―――――――早くして。
―――――――お願いだから。
久留美は内心で吐くように訴えた。
言ってはならない言葉の群が胸の内で出せと暴れまわって、どうにかなりそうだ。
何故だろう。
千夜のことを知りたいと思って、彼女の話を聞いていたのに。
こんなにも腹立たしく、苛立ちばかりが募る。
望みに応えて、己を見せる彼女に怒りすら抱いてしまう。
―――――――だが、理由ならもう見つかっている。
既に自分はそれを理解もしている。
己を見せる際、彼女は自分に向かって語っているのではない。
千夜自身が己の過去を振り返っているだけだ。
久留美を見ていない。
相対しているにもかかわらず、完全に眼中に入れていない。
それが―――――――これ以上続けさせることすら許せないほど耐え難く、腹立たしかった。
『友達は、大事にしなきゃ駄目よ』
聞いてそれ程経っていない香奈枝の台詞が、まだ鮮明に耳に残っている。
そんなこと、わかっている。
頭では、わかっているのに。
「……あ、久留美。そういえば、お前の従姉さん………何か言ってたか?」
ほら、またそうやって。
自分が目の前にいるのに、如何して他の人間に関心を向けるのか。
ぐるり、と臓腑のあたりに巣食う何かが蠢くのを久留美が感じると同時に、
「………………迷惑だって」
「…………」
「仕事上仕方ないことだから、ああいうのは慣れてるんだって。だから、下手に出ていれば済むことだったのに……あんたが、しゃしゃり出たから。……店の評判落ちる
かもしれないって……」
「―――――――そうか」
千夜の声に、久留美は逸らしていた目を向けた。
映る千夜は、笑っていた。
一見違和感のない完璧な笑顔。
けれど、
「悪いことをしたな。……多分、もう行かないと思うから。代わりに今度謝っておいてくれるか?」
「………怒ったの?」
「いや―――――――次も行って、また同じ光景を見たら……間違いなく同じことやらかすだろうからな」
性分なんだ、と付け足して、千夜は久留美の傍を過ぎ、前を行く。
その後に久留美の中に落ちてきたのは、嘘をついた事実とソレに対する激しい嫌悪だった。
嘘だ。
香奈枝は文句どころか感謝すらしていたのに。
自分は、何故あんな嘘をついたのだろう。
………そんなの、自分がよくわかってるはずでしょ?
自問に対し、言葉が返せない。
千夜と香奈枝が二度と拘らせたくないと思った。
その願望に従い、久留美は嘘をついた。
………最悪だわ、香奈枝ねぇ。
忠告を無視した上、利用までしたここにはいない相手に、久留美は懺悔する気分で語りかける。
大事にしろと言われた。
きっと、出来たのではないかと思う。
相手が自分のもので。
自分だけを見てほしいという無茶な要求を呑んでくれるような関係の存在ならば。
だが、意中の相手は全部の枠から外れてしまっている。
絶対に自分のものにはならない相手に、どうして優しくしてやれるだろう。
自分には一切利益のない行為に、報われない行為に、身を削れるような人間ではない自分が、どうして。
………でも何より最悪なのは。
自分がこんな人間だということ。
自分が何よりも嫌う―――――――他人を自分の感情で振り回して、自分のしたことで影響を受けてくれるなら傷ついた顔すら歓ぶ、ウザくて迷惑な人間。
あらゆるタイプの中で、並ぶものがないほど嫌っていた人間が、自分そのものだったということ。
「―――――――本当に、最悪」
そのまま自己嫌悪の穴に落ちて動けなくなった久留美が歩みを再開したのは、後ろが不在であることに気づいた千夜が戻ってきてからだった。
◆◆◆◆◆◆
蒼助の体は震えていた。
温度変化云々ではない。
感情の衝動によってである。
「や、やったっ……!」
絞り出した声には必要以上の力が込もった。
まだ緊張が抜け切っていないのだ。
ひょっとしたら次の瞬間には、この達成感を崩す『崩壊』が起きるかもしれないという不安が促す緊張。
試しに十秒停止。
そして定めた時間制限が過ぎたのを見計らうと、
「センセー! やったぜ、ついに出来たぁぁっ!!」
「んー? どれどれ……」
カウンターの向こう側でコップを磨いていた三途が、布巾とコップを置いてそこから出て来る。
蒼助の居座る席へとやってきた三途が、机上で出来上がる『ソレ』をまじまじと観察視を数秒ほど行い、
「……もう意識の集中は………してないね」
「おうっ!」
「………結界、ちゃんと意識から"独立"しているね」
「おおっ!」
「………………」
うん、と納得づくように頷いた三途は次の瞬間、
「―――――――よく出来ました。これで結界はクリアだね」
いよっしゃぁぁっと溜めかねた達成感を爆発させる蒼助にパチパチと拍手しながら、
「ところで、さっきの……」
「あ?」
「センセイって……?」
蒼助がさり気なく口にした言葉を聞き拾った三途は、どういう意図なのかを蒼助に問う。
口にした言葉にさして特別な意味は無かったのだが、と思いながらも蒼助は質問に対して答える言葉を考えた。
「………いや、いつまでも苗字にさん付けもどうかと思って……そもそも俺、敬語苦手なんすっよね……」
「……ははっ、らしいよね」
「納得されるのもなんか複雑なんすけど……んで、まぁ………多分これから長い付き合いになると思いますからここらで態度も一新させようと思って」
「それで……センセイ、か」
「……ダメですかね? これからいろいろ教わることもあるだろうし……と思ってしっくり来るんじゃないかと思ったんすけど」
いや、そうじゃないよ、と三途は否定を示し、
「…………ちょっと、懐かしくなっただけ」
「懐かしく?」
「うん」
三途は不快は欠片も無い表情で、眼を細め、
「………昔、そう呼んで懐いてくれた子がいたのを思い出してね」
過ぎた遠い日を想う笑みを浮かべた。