よもやこれまでか。




 

 そんな追い詰められた気持ちを抱えて登校してから、既に昼まで時間が過ぎていた。

 あの時考えていたものとは、今の自分の心境は大分違うものだと思う。

 もし他人が見ることができれば、今は良い方に傾いていると判断する、だろう。

 



 しかし、だ。



 

「………蒼助」

「っ、あ?」

「廊下で意識を飛ばすな。………周りが気味悪がってる」

 

 名前を呼ぶのは、此度めでたく意中の相手から恋人(仮)に昇格した少女。

 行き違う人間が遠巻き気味に壁側や窓側に寄り添って歩いて過ぎていく中、唯一として彼女だけは変わらず傍らで同じ方向を歩いている。



 通常であれば、夢のような状況に気分もふわふわ浮き立つだろうが―――――――

 

「……授業中も、ずっとそれだったな。アレのそんなに何がショックだったんだ」

「お、お前っ……アレを聞いて何とも思わなかったのかよ!?」

「少なくともお前と同じことはな……」

 

 ダメだ、わかっていない。



 やはり一年間過ごしてあの人物を見知る自分と、転入してきて一ヶ月足らずのまだまだ学園に染まりきらない千夜とでは認識と危機感の度合いが違う。

 蒼助は無理もないもないとわかってはいるが、この辛さを共有できないことがどうにももどかしくて仕方なかった。

 

「あ、あんなおっそろしい話を聞いて………普通は冷静じゃいられねぇんだよっ!」

 

 蒼助は忘れない。

 あの後、場所を移動して教室にて聞かされた知られざるあの女の暗躍を知ってしまった瞬間に、走った悪寒と身の毛のよだつ感覚を。

 

 世の中には知らない方が幸せなこともあると何処ぞの人は言った。

 その言葉の真実味をあの瞬間、蒼助は身をもってしまったのだった。

 

 



 

 ◆◆◆◆◆◆

 



 

 

 久留美は武勇伝を語るかのような、実に意気揚々とした口調で得意げに事の顛末を語った。

 

「最初はカメラからデータを取り出して事の真相を明かす証拠として取り上げようかと思ってたんだけどね。幸い、壊れてたのは一部の外装だけだったから問題ナッシング

よ。でも、それじゃぁ今回だけの一時凌ぎにしかならないわけじゃない? そ・こ・で、まずは知り合いの情報源みんなに呼びかけて、情報の提供を頼んだの。あまりの

収穫ぶりに笑いこみ上げそうだったわ、本当。まぁ、こんだけでかでかと弱み晒してくれてんだからそこを突かないわけにはいかないでしょってことで、知り合いのハッカ

ーに頼んで、志野智晶のパソコンに侵入してもらったわけよ。は? 何で、そんなことしたんだって? 馬鹿ね、聞いてなかったの? 例のコレクションつくるのに使う

加工前の撮影データが保存されるからに決まってるでしょ。加工前だから、あの女本人もバンバン移りこんでたからかなりの上物の取引材料だったわ。ちなみに後始末の

クラッキングもばっちり……って、何よ。取引材料って何のためのって………あのイカレ女の親との交渉のに決まってるでしょ。あーもう、うるさいわね何をそんなに騒ぐ

のよ、昔から子供の悪さは親に言いつけて責任とらせるのが条理でしょーが。危ないだろって……大丈夫よ、本人との交渉は直接会ってじゃなくて電話でやったから。私は

火サスみたくそんな迂闊なことしないわよ。どんな心理戦が来るか結構構えてたけど、割とすんなりと話がとんとん拍子で進んだわ。娘はともかく親の方は汚い噂とかない

人だったから、人としてはそれなりの人格者だったわよ。親としてはアレの育ちぶりを見る限りじゃダメダメみたいだけどね。そっからはまぁ例のデータと引き換えに

こっちの要求を呑んでもらって、こっちが指定したファミレスであっちの秘書さんが代役でブツを引き取りにきたわ。一応、人目のある選んだ場所だったけど、念の為に

早乙女くんに店の外で待機してもらってたけど」

 

 とんでもないことを何でもないことのようにつらつらと語る久留美に、蒼助だけではなく話を聞きに来た周囲のクラスメイトまでもが絶句した。

 それでも肝心なところを尋ね損ねまいと、条件とは何だ、と一番気になる部分をつくと、

 

「もちろん、志野智晶のことよ。向こうも、それなりの親心で馬鹿娘を庇って来たけど、今回のことでそろそろ我慢の限界感じてたみたいでさぁ。どっか地方の田舎の

矯正施設かなんかに隔離してくれないかって頼んだら体よく頷いてくれたわよ。朝の職員会議の時に秘書さんが来て、処分の前に向こうから直々に退学を申し出てくれ

たわよ」

 

 よく途中で躓きもせずに、トントン拍子で事がうまく進んだものだ。

 驚きを通り越して、もはや感心さえ芽生えてきていた。

 



 ―――――――最後に引っかかった疑問さえ口にして聞かなかったら。



 

「は? 何で、知ってるって……昨日の証拠品を持ってあんたの弁護しにあの場に行ったからに決まってるでしょ! ん〜、まぁ……諸悪の根源じゃないにしても騒ぎを

起こすのに加担したには変わらないとかなんとかこの期に及んで古株連中の教員たちが無駄な足掻きするもんだから―――――――

 

 

 



 ◆◆◆◆◆◆



 

 

 

 ―――――――想定内に入れてあらかじめ持ってきておいた、恭ちゃんを除く各教員のバレたら即、職と人望を失いかねないプライベートな秘密を写しこんだ写真を

配って、脅迫してやったの。ばっかよねぇ、変な意地張らなきゃもう少し明日にむけて前向きでいられたのにぃ〜。

 

―――――――なんて、言いやがったんだぞ!? 怖くねぇわけがねぇだろ、オイ!」

「……他人の不幸に怖気づくほど、危うい身に覚えがあるのか?」

「…………」

 

 ノーとはとてもじゃないが言えない悪事と思しきことを、その気は全くなしにやってきただけに千夜がジト目で放ったその質問は、思わず顔を背けてしまうほど痛かった。

 

「他人の弱みをかき集める久留美も随分な趣味を持っていると思うが、やましいことしたお前が悪いんじゃないか。しかも今回はその趣味に首の皮繋げてもらったんだ、

しばらくは何されても大目に見てやれ」

「くそ、暢気なこと言いやがって人の気も知らんくせに………そもそもあいつに借りをつくっちまう以上の人生の汚点はねぇってのに………これならいっそ退学の方が」

 

 同情もしてくれない千夜の態度に、拗ねて思わず口走った心無い言葉だった。



 しかし、

 

「………暢気なのはそっちだろうが」

 

 聞こえた声の低さに、蒼助は己の耳をその一瞬疑う。



 だが、確かに―――――――千夜の声だった。

 

 その事実を強固するかの如く更に、

 

「人の気も知らないとはよく言えたもんだな、その口は」

 

 先ほどよりもはっきりと強い口調で言いながら、千夜は歩みを速める。



 怒っている。

 顔を見なくても、怒りの矛先となった身として蒼助にはわかった。

 

 何故突然、と蒼助は目の前の人物の怒れる背中に脈絡を見出せず、

 

「……あの、千夜さん?」

「何だ、まだいたのか。とっとと退学届でも出しに行けばいいものを」

「え、ちょ、何でっ」

 

 酷く冷たい視線で罵詈雑言に等しい言葉を投げつけられた蒼助は、ますますわけがわからなくなった。

 僅か数秒前まで、屋上で一緒に昼食を取ろうという話になって購買まで共に足を運ぼうとしていたのは蒼助の記憶違いか、

 ありえないことを思わず思ってしまうほど、千夜の態度は大きく急変していた。

 

「おい、何怒ってんだよっ」

 

 ずんずんとした勢いで前に進んでいく千夜を振り向かせようと、肩に手を伸ばすが寸でのところで、千夜がピタリと歩みを止めた。

 ホッとしたが、くるりとこっちを向いた顔はそんな微々たる安堵を掻き消してしまうほど強張った表情だった。

 

「お前がっ……どれだけ今の状況を嘆こうと後悔してようと、知ったことか」

 

 噛み砕くように抑圧された怒り漂う声が、俺はっ、と上ずり、

 

 

―――――――それでも、俺はお前がここに残ると聞いて嬉しかったんだっっ!! 人の気も知らないのはお前だろうが、このスカタン野郎!!」

 

 

 憤るあまりに公衆の場にいることすら忘れた千夜が、廊下に響き渡るほどの大音量で水からの想いと罵声を続けて叫んだ。

 ぶつけられた蒼助は思考が止まるほどの声と内容の衝撃にガチっと固まる。

 千夜は不満をぶつけて気が済んだのか、そのまま固まる蒼助を置いて先に行ってしまう。

 

 後に残された蒼助を衝撃から立ち直らせたのは、偶然居合わせた周囲の人間のささめく声だ。

 

「何だ、今の……」

「あの二人って……ええー?」

「玖珂が所帯持ったってのは、本当だったのか」

「つか、今の台詞……」

「くぉぉ、言われてみてぇ」

 

 周りの声に徐々に我を取り戻し始めた蒼助は、現状をはっきりと把握し直すと周囲を威嚇するように睥睨した。

 げ、と脱兎の如く一斉に四散する野次馬。この奇人変人が集う学園に身を置くだけに、引き際の行動は実に迅速だ。

 

「……ったく、そういうのは二人の時にだなぁ………っ、待てよっ」

 

 大分遠くに見えるようになった千夜の背中を、蒼助は慌てて追いかけた。

 

 

 



 ◆◆◆◆◆◆



 

 

 

「………何だ、それ」

 

 一足先に己の取り分を買って屋上で待っていた蒼助は、千夜の手にあるモノを見て訝しげに目を細めた。

 手には購買で買ったハムカツサンド。



 そして―――――――

 

「……え、と…………赤汁?」

「何で、疑問系なんだよ。つか、エゲツねぇもん買ったなオイ」

 

 こういうの好きなんか?と蒼助は手に取ってシゲシゲと赤い紙パックを眺める。

 蒼助自身の缶の烏龍茶と並べると、その存在の異様さが一層際立つ気がした。

 

「別に………ここでも売っているんだなって目に付いたから」

「って、前にも飲んだことあるのかよ」

 

 意外なチャレンジャー精神で挑んだのかと思った。

 

「俺が……というよりは、前の学校の購買ではこういう奇抜な飲み物ばかり売っていてな……あいつが、好奇心だか冒険気分でよく買ってきて」

「……あいつ?」

「……っ、いや……」

 

 拾い上げた部分を指摘すると、千夜の目が揺らいだ。

 瞬間、蒼助の中で直感が閃く。

 

「………これ、もらっていい?」

―――――――え」

「ダメか?」

 

 問いかけておきながら、なんて低い声を出しているのだろうと、蒼助は己の客観的な部分で見て呆れた。

 しかし、迷いを見せる千夜の目を見て、黒い感情を一層増した。

 

「………いや、いい………やるよ。俺は、そっちを飲むから」

「……ああ」

「味はまともだから、安心しろ」

 

 奇奇怪怪過ぎる赤い飲み物にそう安全圏の念を押して、千夜は壁を背に地面に腰を下ろした。

 それに伴い、蒼助もその隣に腰を落とす。

 感情に任せて奪ってしまった飲み物にストローを差し込んで、一瞬躊躇したが飲んでみると味は確かにトマトジュースを髣髴させるまともなものだった。

 それでも、後ろの成分や原材料などは決して見ないようにしながら出来るだけ早く飲み干してしまおうとぐんぐん吸い上げていると、

 

「…………自分でも、未練たらしいとは思ったんだ」

「ん、ぁ?」

 

 封を切って取り出したサンドイッチの一口目を飲み下した千夜が、突然口を開いたことに蒼助もストローから一度口を離した。

 

「多分、昨日夢を見たからだろう」

「夢?」

「………昔を、夢に見た。ここに来る前の、学校でのことを。…………こんな風に、あいつと屋上で昼飯を食べて……それを飲んでいた」

 

 先程から出る『あいつ』が誰を指しているのかは聞くまでもない。

 あの写真の女。かつての千夜の恋人のことだろう。

 

「何で、あんな夢を見たんだろう……な。……もう、何の感情を抱けない記憶なのに……思い出と呼ぶには思い入れのない記録のようなものなのに。……それでも、あんな

夢を見たのはどうしてなんだろう……と。昨日の今日でそれを見つけて……つい」

「……で、良かったのかよ。そんな思い出の品を俺にくれちまって、さ」

 

 思わず皮肉がこもった。

 大人気ないのはわかってはいても。

 

「……いや、実は渡す時……思ったよりも躊躇がなかったんだ。そういうこと……なんだろうな」

 

 と一人自己完結して、烏龍茶の蓋を開ける千夜。

 しかし、その心中が全く伝わることのなかった蒼助は収拾がつくわけがなかった。

 

 ………オイオイ、勝手に終わるなよ。

 

 そういう事とは一体何だ。

 そもそも何でそんな話を持ち出してきたのか。

 

 ………いや、俺がつついたせいだけど。

 

 触れられるのが嫌なら、適当に流せばよかったずだ。

 なのに、どうしてわざわざ蒸し返してきた。

 

 ………まだ、怒ってんのか。

 

 少し前にうっかり漏らした失言が、後を引いている。

 考えているとおりなら、原因はそれしか思いつかない。

 ということは、これは精神攻撃なのか。

 もしそうなら、なんて陰湿な。そこまでさせるほど、自分は機嫌を損ねてしまったのか。

 

―――――――別に、精神攻撃なんぞしてない。あんなことで、そこまで根に持つか」

「っだぁ……ぇ?」

 

 ハッと我に返ると、千夜が呆れ返った表情で見ている。

 

「独り言が駄々漏れしてるぞ。何処で突っ込んでやろうか、タイミングに迷った」

「……ど、どのへんから」

「勝手終わるなよってあたりから」

 

 最初から、ということになる。

 蒼助は青くなったらいんだか赤くなったらいいかわからなくなった。

 

「……〜〜〜っ」

「百面相なんてして、忙しいやつだな…………まぁ、わざとじゃないわけでもなかったが」

「……へ?」

「試してみたんだ………自分を」

 

 あむ、と千夜は間挟みにサンドイッチを食みながら、

 

「……あんな夢を見たものだから、確かめたくなったんだ………本当に、彼女への気持ちが欠片もなくなってしまったのか、と」

「それで……?」

「さっき、言っただろ。……思った以上に、あっさりお前に譲る気になった。……こうして記憶を振り返ってみても、そこへの思い入れや未練はやっぱり感じない」

 

 ただ、寂しくはあるけどな、と千夜は翳の差した笑みを浮かべた。

 それを見てしまい、もう半分ほど飲んでしまった珍妙な飲料を今更ながらも返そうか、と蒼助は悩むが、

 

「………千夜、これやっぱ……」

「いや、いい。全部飲み切ってくれ……そうしてもらった方が、俺の方も踏ん切りがつけられそうだ」

「……そうか」

 

 想いも感情もなくなった記憶とは、どんなものなのだろうか。

 それを忘れることも泣く、ただ憶えていることしか出来ないのはどんな気分なのだろうか。

別の意味でいっそ忘れてしまいたい辛さがあるのかもしれない。

 

それを持たない蒼助には全く見当もつかない。

今の自分に出来ることは、この飲み物を処分してしまうことだけだ。

 既にどうすることも出来ない事に対して、己なりに向き合い、対処しようとしている千夜にしてやれる唯一がこれとは正直情けないと思おうと。

 

「……にしても、コレ………味はトマトジュースに似ててマトモっちゃ、マトモだけどよ………何で出来てんのかな、本当」

「少なくとも、身体に取り込んでも問題はないモノだと思うがな。俺は、他に黒汁という黒酢っぽい味だという同じ系統のやつを見たことがあるが………そっちの方が

気になった」

「つか、何一つ明確なもんがねぇよな……」

 

 ここまで信用性のない飲み物に出会うことは滅多にないだろう。

 だが、こうして千夜と他愛のない会話を弾ませるキッカケになったと思えば、それに免じてあまり気になりはしない。

 今までの女達とは、本当に最低限の対応と受け流ししかしてこなかったものだから、本命を相手に何をどうすれば正しいのか蒼助にはわからなかった。

 いかに適当に生きてきたかがこういうところで、明るみになられても困るものだ。

 

 しかも、今朝から躓いてばかりだ。

 長く手間のかかった結果、ようやく結んだ成就で大分気が抜けていたせいもあるだろうが、このままでは取り返しのつかないヘマをしかねない。

 

 和やかな会話の中でも、蒼助は内心緊張の糸を人知れず張らせていた。

 

―――――――ところで、一つ聞きたかったんだが」

「ん……何だよ」

「昨日言った………俺のこと……誰から聞いたんだ?」

 

 う、と咄嗟に蒼助は返事に躊躇した。

 まさかそれをここで聞かれるとは思ってもみなかった。

 本当に、この女はいつどのタイミングで何をしでかすか全く読めない。

 

「あー………体質のことは、黒蘭で………あと、記憶のことに関しては……」

 

 まずい、と喋り出してから下手を打ったことに気づいた。

 このまま三途の名前を出してしまっていいのだろうか。

 最近、三途には鍛錬において大変世話になっている。

 一時は命を狙われもしたが、その穴は既に恩で十分埋め合わされた。

 あの時彼女は千夜を思って、あえて憎まれ役になりかねないリスクを背負った上で個人のプライバシーも何もなくなるような秘密を蒼助に漏洩したのだろうが、ここで

見捨てるような真似をするのは気が引けた。





 が、



 

「……そっちは、三途か?」

「え、何で……」

「上弦はああ見えて口がかたい。三途には体質については全部を話していないが……記憶に関しては話したからな。まったく……思っていたより口が軽いな、あの魔女は」

 

 聞く前から大方見当がついていたのか、千夜はすぐに察してしまった。

 幸い、蒼助が予想していたほど機嫌を損ねた様子はない。

 彼女にとっての問題は、残されたもう一つにあったのだから。

 

「………俺の過去は?」

「…………」

 

 たった今までの袖にもかけないような態度は一転し、声の勢いも落ちる。

 千夜にとって、今となってはそれが一番の気負いになっているらしい。

 蒼助はどう答えようかと、少しの沈黙を要した。

 

「…………いや、それは誰に聞いたというわけでもなく……自主的に」

「え……」

「あー……だから、さ………―――――――結構前から気づいてた」

 

 そう言うと、千夜がバッと思わずという勢いでこちらを見てきて、信じられないという表情でいる。

 

「い、いつ………何でっ」

「何でって…………あんだけマジで殺すって勢いの殺気をぶつけられて、凄まれたり、威嚇されたりしたら……なんかヤバいことしてたことくらいは勘付くって」

「…………そんなに、してたか?」

              

 覚えが薄いらしい千夜は考え込むように項垂れた。

 こういうのもやった側は忘れてもやられた側はしっかり覚えているものなのだな、と妙な納得をする。

 

「……まぁ、最初がいつかつったら……あの時かな」

「あの時?」

「ほら、お前が初日に神崎のグループを教室に叩きのめしちまった時」

 

 言いながら、蒼助はあの時の千夜を脳裏に描く。

 あれから時間が経過したが、それでも尚はっきりと鮮明に思い出せる。

 

 冷たく凍りついた瞳。

見据えた人間すらも凍てつかせかねないと思わせるほどだった。

 

「あの時さ………お前の言動と、立ち振る舞いが俺の知ってる人間と被ったんだよ」

「被った……?」

 

 きょとん、とする千夜をチラリと見ながら蒼助は思う。

 昨日は泣かせるまで容赦なく千夜の傷を、過去を抉り出してしまった。

 その甲斐あって、今がこうしてあるわけだが―――――――それでは、フェアじゃない。

 

 決意を濁す迷いを振り切り、蒼助は決断に踏み切った。

 

 

 

「俺の、死んだ母親と」

 

 

 

 千夜の目が見開くのは、見なくても手に取るように想像を描けた。

 

 

 

 

 

 

 

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