「……っ……ってぇ。……くそ、何が起こったってんだ畜生っ」




 強く打ち付けた身体が悲鳴を上げている。

 ぶつけた箇所を摩りながら、蒼助は腕を支えに身体を起こした。


 先程、千夜の後に続いて五階まで上り、氷室と渚を見つけたのだ。

 早速見つけた二人は何かと対峙していた。
 と、いっても、相手は地に伏していてもはや勝負は殆ど着いていたようだった。


 止めを刺そうと渚が得物を振り上げているのを見た、千夜が突然制止を叫んだが、時は既に遅く刃は下ろされてしまった。



 その時だった。



 倒れている奴の身体から【力』の膨張を感じたと思ったら、突然、爆発するかのように衝撃波が廊下一帯に放されたのだ。

 有無を言わさず強力なそれに巻き込まれた蒼助と千夜は、伏せる間もなく数メートル吹き飛ばされ地面に叩き付けられたのだった。

 蒼助が振り向くと、その先には倒れている千夜があった。

 止めを刺そうとしていた渚を止めようと駆け出して、前に出ていた為、蒼助よりも後ろへ飛ばされたようだ。



「おい、大丈夫か、よす」

「…………くそっ……遅かった……か」



 千夜は身を起こそうと、片腕を床に付く。



「くっ……」



 しかし、その腕はがくり、と折れて再び千夜の身体は地に伏した。



「お、おい終夜………っ」



 軋むような痛みを堪え、身体を起こし駆け寄った蒼助は驚愕した。

 被さった髪から覗く顔は青ざめ、尋常じゃない汗を肌に浮かべていた。

 繰り返される呼吸も忙しなく、荒い。

 ただならない様子に、蒼助は目を見開いた。



「しっかりしろ、どうした!?」



 打ち付けただけはこうはなるまい。

 原因は別にあるはずだ、と考えたところで、先程もこんな状態は垣間見たのを思い出した。

 まさか、こんな状態を我慢してこれから戦いに挑むつもりだったのだろうか。


 無茶だ。無茶過ぎる。



「っ……おい、俺の声が聞こえるか。下に降りるぞ、こんな状態で戦うなんざ到底……」

「………に……ろ」



 虫が鳴くようなか細い声に、最初は何を言っているかわからなかった。

 しかし、それを自覚してか千夜がもう一度今度は声を強くして言った。



「……にげ、ろ……玖珂」

「っ……そういうワケにもいかねぇだろ」

「……いいから行けっ。……目の前のものを見たら、そんなこと言ってられなくなる……」



 何とか身体を起こそうとする中で、千夜は蒼助を睨みつけた。
 正確にはその向こうの何かを。


 あまりに苛烈な眼差しに蒼助は思わず、その先を追って振り返った。

 そして、そこにいた"異形"に蒼助は言葉を失った。







 ◆◆◆◆◆◆







 目の前で起こっている事に対して、氷室はこれ以上にない驚愕をわき上がらせていた。 

 爆発から身を守る為に張った結界の媒介にした護符が役目を終えて破れ散る様や、後ろで待機する渚の存在を忘れてしまう程に。



「何だ、コイツは………」



 これが自分の声か、と疑いたくなるような掠れた声が口から無意識に漏れた。

 理由はかつてない揺らぎが己の中で渦巻いている以外に他ならない。


 かつて、神崎であった『モノ』が荒い息を吐き出しながら佇んでいた。


 一回りも二回りも膨れ上がった肉体。

 膨張した筋肉の上に張り巡らされた紫色の血管がドクンドクン、と脈打つ巨大な両腕。

 血のように紅く染まった異様にぎらつく目。

 耳まで避けた紅い口、そこに生え揃う鋭く尖った牙。

 振り乱れた髪。

 そして、先程よりも更に根深く生え聳える角。


 怪物と化した神崎は、もはや人の姿を象っていた先程とは比較にならない程の圧力(プレッシャー)と邪気を全身から醸し出していた。



 巨体の化け物は突然天を仰ぎ、




「があああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」



 獣の雄叫び如き劈くような咆哮が校舎全体を揺らす。

 耐えきれなかった窓ガラスが、内側から一斉に割れて弾けとんだ。



「くっ………っ!!」



 無数の刃となって降り掛かった破片に気を取られ、氷室は隙を生んだ。 

 その、これ以上にない絶好の好機を、獣は逃さなかった。


 瞳孔を鋭く細めた目が獲物に狙いを定め、弾かれるように飛び出した。

 まさに一気、という言葉を体現したかのような速さで間合いをあっという間に詰める。


 避けろ、という思考が咄嗟に働いたが、氷室はその指令を突っ撥ねた。

 自分が避ければ、すぐ後ろに控えている渚が的になる。

 今の彼には、勾陣が降りており意識はない。

 そして、氷室が使役する式神である勾陣は、氷室の命令無しでは動かない。

 命令を送ればいいのだが、焦りと混乱で思うように舌が回らない。 



「ちっ……!」



 氷室は最後の手段をして護符を取り出し、突き出す。 

 呪を紡ぐ時間はないので省略し、思念のみで結界の展開に試みた。 

 氷室の前方を覆うように、半円状の青白い壁のようなものが出現する。 

 ギリギリのところで現れたそれが、巨腕の一閃を阻む。


 神崎は、氷室と己の間に出来た壁に苛立ったように更に腕を振るう。

 壊れる様子のない障壁に、神崎は何度も何度も叩き付ける。 



「……っ」



 衝撃の度に意識が揺れる。
 堪えようと歯を食いしばった。


 余裕は今の氷室には残されていなかった。

 式神を現世に留め続けるのは、使い手の霊力を消費し続けなければならない。 

 ましてや勾陣は高位の神属にあたる十二神将の一柱。消費する量は半端ではない。

 その上で、結界にまで霊力を注ぎ込んでいるのだ。 

 その結界も、(しゅ)の欠けた完璧と言い難い即席のもの。

 ずば抜けて高い霊力を誇る氷室も、さすがに限界がある。 


 そして、限界は氷室の目の前に迫っていた。



「ぎがあああああっ!!」



 幾度となく結界に攻撃し続けていた神崎は、結界の抵抗が徐々に弱くなっている事に気付いた。

 氷室に終わりが近いと悟ったのか、目一杯腕を振りかぶりトドメの一撃を叩き付けた。



「ぐっ……!」



 そこまでが限界だった。


 渾身の一撃を受けた結界は、ぱりぃん、と儚い音を立てて崩壊した。

 飛んでしまいそうな意識を踏み留め倒れまいとした氷室を、非常な兇刃が貫いた。


 ザシュッ、という肉を切り裂く音が氷室の鼓膜と廊下に響く。



 大きく目を見開いた氷室は、勢い良く噴き出る鮮血と共に爪が引き抜かれると同時に膝を付いた。

 がほっ、と血の塊を吐き、後ろの渚を振り返った。



「……な、ぎ……さ……」



 逃げろ、と言葉は続くはずだった。
 だが、喉に詰まった血液が咽せさせ、それは出来なかった。


 微動だにしない意識なき相棒を瞳に焼き付け、氷室は自らがつくり出した血溜まりに沈んだ。

 カシャン、と眼鏡が落ちて血に濡れた。







 ◆◆◆◆◆◆







 肉体に訪れた脱力感と引き換えに、渚は意識を取り戻した。


 勾陣が帰還した、と思考にその言葉が巡る。

 同時に凍りついた。 


 式神の帰還、使役者の意思によるもの。


 強制帰還。

 依り代の破壊。
 もしくは使役する者の死。
 あるいは、それに近い意識が揺らぐ程の重傷を負うかのいずれかによって成立する。


 突然の切り離されたことで、身体の節々が悲鳴を上げている。
 渚は死んでいない。

 そうだとすれば――――――自然と行き着くのは後者の最悪のケース。


 脈拍が上がる中、五感の感覚が少しずつ戻って来る。

 まずは触感だった。

 床に手を置けば、生暖かい液体が触れた。

 次の戻って来たのは嗅覚。鉄のような臭いが鼻を突く。

 最後は同時に来た。隙間風のような息づかい。



 ぼやけていた視界は、徐々に色と線を取り戻して行く。

 一番に理解したのは床一面に広がる赤。そして、その上に倒れ込む何か。

 "何か"が何であるかが、思考に駆け巡り理解した瞬間、渚は引き攣る喉で、





「……っ雅明っ!!」 





 恐慌状態寸前の思考をなんとか正常に保ちつつ、血の海に浮かぶ氷室の身体を抱き起こす。

 目を閉ざし衣服が紅く染く染めた氷室を見て、渚は泣きそうになるのを堪えた。



「しっかりしろ、マサっ!雅明っ!!」



 懸命に呼びかけ続ける渚を嘲笑うような雄叫びが、頭上で響く。

 顔を上げた瞬間、見た事もない化け物に顔を引き攣らせた。
 だが、澱んだ紅い眼を見てそれが誰なのかわかった。



「……お前か、神崎……っ」   



 今すぐにでも八つ裂きにしてやりたかった。

 動かない己の身体が恨めしくて仕方ない。

 は、は、と嘲笑い一歩踏み出す姿を見て、渚は思わず腕の中の氷室を被さるように強く抱いた。 

 死なせない。何があっても離さない。

 先程までの状況からは考えられなかった絶体絶命。
 広がる絶望を噛み締めるよりも腕の中の氷室を生かす事を優先させ、渚は祝詞を唱えようとする。

 しかし、標的は足下の渚達を既に捉えていなかった。  

 その先の向こうを見つめ、にやり、と裂けた口端を更に広げた。



 欲望に歪んだ瞳は語っていた。

 新たな獲物を見つけた、と。







 ◆◆◆◆◆◆







 己の前で起こった衝撃の瞬間に、蒼助は目を疑った。

 あの氷室が倒された。それも為す術もなく。 


 驚愕から立ち直れない蒼助はただただ言葉を失うだけだった。

 こちらの存在に気付いたのか、目の前の渚達にはもはや目もくれず神崎は蒼助達を見ていた。


 次の標的を見つけたようだ。



「ちっ………次は俺達の番ってか……」



 戦力として期待していた千夜は、何故か行動不能。
 氷室は目にわかる重傷で渚は使い物にならない。

 もはや闘えるのは自分だけか、と太刀の鯉口を切ろうとした。


 が、それを阻む衝撃が蒼助の顔面に直撃した。

 千夜の直刀による強襲だった。

 鞘付きのそれに殴られた勢いで、壁に激突。



「つぁっ!………てめぇ、この状況に及んで何を」



 殴られた横っ面を押さえつつそこにいるはずの千夜に視線を向けた瞬間。
 
 蒼助の前を巨体が通り過ぎた。



 その瞬間に、腕に"何か"を抱えて。



 それが何なのかを知った蒼助は思わず叫んだ。



「終夜っ!」



 さっきのは庇ったのか、と蒼助は千夜の今しがたの行動の意味を悟った。

 今の接近の速度からして、あのままいけば抜刀の時間は間に合わなかった。

 それを察して、蒼助を突き飛ばしたのだ。

 己の身を呈して。



「……やった……ついに手に入れたぞ。………終夜、ようやく……!」


 巨腕に千夜を抱き込んだ神崎は、ここで初めて言葉を口にした。

 嗄れた声は歪んだ歓喜に震えていた。

 腕の中でぐったり、と力なく俯く千夜を目にした蒼助の中で、正体不明の苛立ちが沸き立つ。



「てめぇっ!」

「この女が手に入ればもう此処に用はねぇ。…………だが、相手が欲しいならくれてやるぜ、玖珂」



 凄む形相の蒼助をそう嘲笑うと、神崎の身体から一気に瘴気が噴き出る。

 一瞬で、五階の廊下を大量の【屍鬼】が埋め尽くし、蒼助達を取り囲んだ。



「……これだけの数の魂を…………どれだけ喰ったんだ、この悪食が……」



 悪態をつく千夜の声も、今は弱々しい。

 代わりにとでも言うように、蒼助は威勢込もる罵声を放った。



「はっ、他人任せで自分は逃げるのかよ……」 

「……お前らが嬲り殺されるのを、終夜と二人で見物してからなぁ」



 そう言って、神崎は生み出した【屍鬼】の上を跳躍し屋上に続く階段へと消えた。

 後に残された蒼助は状況に、ちっ、と舌打つ。 

 前方を埋め尽くす【屍鬼】の数には、思わず感嘆してしまいそうだ。

 置かれた状況は最悪の部類に入った。


 とりあえず、戦闘不能の二人の元へ駆け寄った。



「……蒼助くん」

「………渚、やれるか?」 



 問いに渚は申し訳なさそうに俯き、口を横に振った。



「ごめん……式神の強制送還のせいで、まだぐらぐらする」 



 神降ろしの異能者といえども、渚は生身の人間。

 次元違いの存在である霊的存在を無理矢理切り離されれば、身体に多少の支障はきたすのも当然の事だった。 



「氷室は?」



 ひゅー、ひゅー、とか細い呼吸を繰り返す氷室へ、構えたまま一瞥をくれた。

 間近に来て、改めて認識する多量の血とむせかえりそうな血臭。

 いつもの不敵な様子からは、あまりにもかけ離れた姿だった。



「傷が深い …出血も酷いよ。このまま放って置いたら………考えるまでもない。危険だ……」

「けどよ、治療云々以前に…………この状況を打破しねぇとな」



 氷室は瀕死、渚は行動不能。

 今、まともに戦えるのは蒼助ただ一人。

 目の前には無数の"甦る怪物"の大群。

 圧倒的不利の中で、背後の二人を庇いながら戦い抜くのは至難の業だ。 

 負けん気の蒼助も、この絶望的な状況にはさすがに弱音の一つも零したくなる。



「ああっ、畜生泣くぞこの野朗…………」



 額を伝う汗を拭いもせず、蒼助は刀の切っ先を異形達に向ける。

 恐れを忘れた呻き声を上げてジリジリ、と蒼助達との間合いを詰めて来る亡者。 

 緊張の瞬間、圧力を跳ね除けた蒼助は飛び出そうとした。



――――――穿てっ! 此の矢は天より射ち降ろす! 天之一式、"一閃"!!」



 背後から飛んだ力ある声が耳を打つ。


 同時に、蒼助の横を何かが疾風を纏い通り過ぎた。

 次の瞬間、最前列とその後ろの二、三列目が吹き飛び、肉体を爆ぜた。


 何が起こったか理解出来なかった蒼助だったが、振り返った事で疑問は簡単に溶解した。



「いや、エラい威力やなぁ。……ウチの破魔矢にアンタの風を纏わせるっちゅー案は、正解みたいやで」

「だな」



 互いのタッグ技を賞賛する人間が蒼助の振り返った先の――――――階段付近で二人。

 矢を放った体勢の七海。そしてその傍らで己の腕に"風"を纏わせる昶。
 後ろにいたはずの【屍鬼】の群れが千切れ飛んで死屍累々の状態にある向こうで、その二人は確かにいた。



――――――昶、七海っ!」

「モテモテだな、蒼助。………調子に乗り過ぎて彼女達の機嫌損ねたか?」

「生憎、誘われたのは俺の方だ。しつこいから断ったらあの有様だ」 

「ははっ……軽口を叩けるくらいには立ち直れたみたいだな」 



 孤立無援から脱出したおかげか、緊張は幾分か解れて来た。



 そこへ、



――――――きゃァァァァっ! 何よこれぇっ!!」




 場違いな人間の声が聞こえた。

 幻聴にしては随分音量がデカイ。

 振り向きたくはなかったが、やらなければもっと後悔する気がした。



「……………何で、久留美がいんだよ、昶」

「三階の教室で隠れていた。取り残されていたのは新條だけだったが、役割通り保護したぞ」

「………つーことは」 



 蒼助は千夜の言葉を思い出した。



「アイツが言ってた巻き込んだ一般人って、お前だったのかよ……」

「ちょっと、何嫌そうな顔してんのよ! こっちだって好きでこんなところいるわけじゃない………って、そうだ蒼助! あの娘は? 都築ちゃんたちと上に上がってもいなかったのよ。アンタ、会わなかった?」



 久留美の言葉が指す人物が誰なのかは、すぐさまわかった。

 そして、同時に屋上に向かった神崎の事を思い出す。



「おい、昶…………悪いがちょっと頼み事いいか?」

「手短に言ってくれ」

「ここを七海と二人で持ち堪えてくれねぇか? もちろん、久留美とそこの二人を護りながらって事になるけど……」



 蒼助が見遣った先を昶が追った。

 傷ついた氷室を見ると顔を顰め、


「大丈夫なのか」

「何かしたくても、治癒術が使える奴がここにはいねぇ………それに、これくらいで死ぬようなタマじゃねぇよ。それより、お前らが……」

「………そ、の二人なら……心配の必要は無……い……」



 渚の傍らで、息苦しさを隠せない声が発された。

 その場にいた人間が一斉に見れば、切れ長の双眸をうっすらを開けた氷室がいた。

 それにまず喜んだのは、重傷の氷室を一番心配していた渚だった。



「マサっ。良かった……」

「あ、まり……良くはない……がな」



 じくじくと来る痛みに顔を歪めながら、氷室は微かな力を振り絞り顔を蒼助の方に向けた。



「やっぱしぶとい野郎だな。………どうよ、気分は」

「とりあえ、ず……目覚め、て早々貴様の顔を……見たおかげで………最悪だ」

「そんな状態でもちっとも口が減らねぇな…………」

「ふん………。それ、よりも……さっさと奴を追え。………貴様は、あの二人を……甘く見ている…よう……だが、………あれらは、どちらも……現当主に実戦、教育を直接、指導を施された………秘蔵の当主候補者だ。………いらぬ心配を、している暇があったら……っ……早いところあの両生類を叩き潰して来い………」

「ちっ……言われなくてもそうするっつーの。てめぇもそれまでくたばんじゃねぇぞ。依頼主(クライアント)が死んだら、報酬入らなくなっちまう」



 シニカルな笑みを浮かべ合うと、昶に声を投げる。



「聞いてたろ、昶………いいか?」

「わかった………ちょっと待っていろ」



 応え、昶は背を向けた。

 何を、と口にしかけて止めた。
 構えた昶の周囲に昂らせた氣が満ちて行くのに気付いたから。


 濃くなる氣に吸い寄せられるかのように、昶の身体に風が巻く。

 グッ、と右腕を後ろに引くと、使い手の意思に従い風がそこに集中する。

 更に堅く閉じていた手を徐々に開いて行くと、掌に収まるほどの球体の大きさに凝縮された。



「辰上流【風繰術】……"崩の旋玉"」



 突き出した昶の掌から風の球は放たれた。

 勢いで敵一体を突き破るとそれは敵陣のど真ん中で球体の形状を崩し、旋風となって辺りの怪物を巻き込み、四肢を捻じ切る。
 壁や床に生々しい肉塊の飛び散る殴打音が響く。


 渦巻く風が治まると、そこには無数の屍と残骸が道をつくっていた。

 その威力に、蒼助は感動の溜息を吐いた。



「すっげ……カ○カメ波かと思いきや…………」

「風繰術だというに。………余計な感想述べている間があったら、とっと行け」



 くい、と開いた道を親指で指し示す昶に、悪い、と言って蒼助は駆け出す。

 一言残して。



「大変なのはこれからだが、なんとか踏ん張れよ!」



 その言葉に昶は眉を顰めた。

 が、その疑問は蒼助が去った後に晴れる。

 四肢をもぎ取られても息があり、ジタバタもがく化け物をわざなのか踏み越えていく蒼助。
 その姿を見送りながら、



「大分減ったなぁ。これなら、ここのことも後始末ですぐに終わりそうやな」

「ああ、そうだ……」





 七海の言葉に応じようとした時、蒼助の置き台詞の理解は促される。



 目の前で起こった"異変"に、昶の言葉は途中で途切れた。

 異変は、先程倒した【屍鬼】達に起こっていた。



 旋風に引き裂かれて事切れていた【屍鬼】の身体が、紅い輝きに包まれる。同時に、もげた部分やぱっくり裂けた場所がずぶずぶ、と気持ちのいいとは言えない音と共に修復されていく。
 最初に骨が生え、それに巻き付くように筋肉と繊維が現れ、その上を覆い被さるように皮膚が貼られた。



「…………」

「うげぇ……」



 グロテスクな復活シーンを見て、あからさまに顔色を悪くして態度に不快を表す七海と後ろの方でパニックになって喚く久留美。昶はグロさに顔を顰めるよりも、復活した事に驚愕していた。 


 そうして、それぞれが反応を披露している間に倒した怪物は、再び人の形を取りは復活を果たしてしまった。



「なんやねんこれっ! ゾンビゲーでもこんな反則技あらへんでっ!!」

「キレるな、七海。………なるほど、これは確かに大変なのはこれからだな」

「よぉこんな状況で落ち着いてられるなぁ。早乙女………中学ん時からアレの面倒見とるからに、似たような状態に遭い過ぎて危機感麻痺しとんやないの?」



 呆れて見て来る七海に昶は、そうかもな、と苦笑を浮かべた。


 記憶を探れば、中学時代はそんな光景ばかりだ。

 だが、今となれば悪くない思い出だと思う。

 その瞬間の、背中を任せてくれる、という信頼を感じるこういった状況は、悪い気分ではなかった。


 癪だから死んでも本人の前で口にする気はないが。



「矢は足りるか?」

「うん、とは頷けへんなぁ。……バンバン撃てるほど余裕はあらへん」

「そうか……じゃぁ、俺から離れて後ろから援護射撃を頼む。俺が境界線になるから俺を越えたら迷わず撃て」

「おっけぇ、そんじゃ頼むわ。……ってぇ、後ろもかぁ!」


 前方で起きたことは、背後でも同じように起こっていた。
 手が足りない、と昶が舌打ちかけた時、 


「こっちは、俺がなんとかするよ。さすがに大立ち回りはできないけど……祝詞で弾いて距離を保つくらいなら出来るよ」


 渚だ。
 これでなんとか当初の予定の通りに行けそうであると昶は見込み、


「新條、朝倉たちの傍にいろ。………都築、引き続き援護を頼む」
「よっしゃ、任しとき」



 後ろへ下がって後衛につく七海に対し、一歩前に踏み出て、




「背中を任されるのは慣れてる……今回も同じ事だ。持ち堪えてやろうじゃないか」 




 そう言って、昶は特攻して来た一体に掌底を叩き込んだ。 



















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