――――――何事にも『番狂わせ』という事象(モノ)は有り得る















 

 例えば、勝利目前の勝負事に何らかのヘマが加わってしまい、逆転の果てに敗北などという事も。或いは、何の問題もない人生がある日道端の小さな石ころに躓いたばかりにドン底に転落するという事も。

 つまりは、何事も絶対と言い切れやしないのだ。

 即ち絶対と呼べるモノなどこの世に在りはしないということを表す。

 これを否定する人間は、これからいろいろな形で覚悟を固めておくべきだろう。



 ………なんて、他人(ひと)の心配してる場合じゃねぇよな

 

 柄にもなく物思いに耽っていた自分を現実に引っ張り戻す。

 ああ、と再び、そして先程よりも深く、実感する。



――――――ったく、とんだ番狂わせだよチクショウ」



 先程思い浮かべた例えは吐き気がするくらい自分の現在の状況とそれへの運びに重なってしまい、男は酷くげんなりとした気分に陥った。

 こんな気分になった日にはさっさと帰って寝るに限る、と怠惰な考えを持ったが、生憎それを行動に移すことを許すような状況ではなかった。

 



 ―――――右を見て敵。



 ―――――左を見て敵。



 ―――――後ろを見て敵。



 ―――――前を見て敵。








 それは、まさしく四面楚歌の図。







 そして、トドメの――――――濡れた腹部の痛み。




 それらは男――――玖珂蒼助の人生史上最低最悪の夜を描いていた。







 ◆◆◆◆◆◆





 まずは語るとしよう。

 先に行くのはそれからだ。





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 ここで一人の男のこれまでの人生を紐解くとしよう。








 男の名は玖珂(くが)(そう)(すけ)







 東京都渋谷区を本拠に構える関東を牛耳る極道【玖珂組】。

 
――――――という表の顔を持つ、剣神【須佐之男(すさのおの)(みこと)】を祀る武道系統退魔組織の当主【玖珂善之助】と、その正妻の嫡男として生まれる。

 この手の物語の主人公としては上々の出だしとなっただろう――――――その身に致命的な【欠陥】を抱えてさえいなかったら。

 

 【欠陥】――――――霊力の低さ。

 退魔師としては致命的な欠点にして落ち度。

 それがあったばかりにこの男の人生は【最悪】へと転落した。

 たった一つにして最大の欠落を授かってしまったことにより男の幼少時代には、常として一族内と業界からの侮蔑と嘲笑が憑き纏って離れなかった。

 男は逆境の中、それでも退魔師の道を往こうとするが、その半ばで唯一の理解者であった母親にして師匠という人間を亡くしたことをキッカケに中学の一時期は荒れた生活に浸る。

 その後、なんとか立ち直り父親の知人の口添えで国家退魔機関に勤めたこともあったが、高校進学と共に辞職し実家も出て、昼は高校生、夜はフリーランスの退魔師でこれまでに培ったモノを糧に十七歳になる現在まで生計を立ててきた。

 

 ―――――さて、ちょっとした神の手違いか、悪魔の悪戯か。

 

 用意されていた人生に欠かせないモノを前世かオカンの腹の中かに置いてきてしまったが、運の尽き。

 最低に成り下がった人生の渦中を彷徨う羽目になったこの男。

 人生に転機があるというのなら、今宵は男にとってまさにそうであった。

 

 男に訪れる転機。

 それは破滅への下り坂に続くのか。

 それともようやく現れる祝福の階段への道筋か。




 答えは言わずとも――――――彼と貴方がその目を以って直に確かめることだ。





 最低の人生の最悪の夜に起こった、最高の出会いを。














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